2 ページ3
獪岳に乳母はいない、いるのは子守りのAだけだ。
そのためAは経産婦の下女から教えられるまま、山羊の乳やお粥の上澄みを獪岳に与えていた。生後まもないうちは大人しくそれを飲んでいた獪岳は、一人でおすわりができるようになると、食事で遊ぶようになった。
「ぶーっ」
「わあ。ダメよ獪岳。ぶーってしないで」
口元に近づけた匙の中の重湯がほとんど飛び散る。Aは困って形の良い眉を下げた。一日にとれる山羊の乳には限りがあり、また獪岳に与えられる米の量もそう多くはない。食い零させるのは良くなかった。
「めっ」
きゅっと強く獪岳を見つめてみると、獪岳は真似るようにAを見つめ、「んっ」と口を引き結んだ。
「イネさぁん。獪岳がご飯食べてくれないよ」
部屋の隅で身支度をしていた年上の下女を振り返る。四人は寝そべることのできる部屋で、いまだに朝の仕事に出ずにいるのは、Aと彼女だけだ。
他の下女は、それぞれ自分の布団と寝巻きをたたんで、とっくに朝餉の支度やら掃除やらに取り掛かっている。
イネは髪を結い上げながら、面倒くさそうにAを見た。
「いちいち反応するからいけんのよ。遊んでくれてると勘違いしちまう。怒らず笑わず、とにかく口に突っ込んでやればいい」
「噎せちゃわない?」
「食わないより良いだろ」
あんたも早く来なよ、と言い残し、身支度を終えたイネは欠伸をしながら部屋を出た。
「……」
「う?」
怒らず笑わず。Aはムム、と顔に力を入れ、無表情で獪岳の口に匙を近づけた。
獪岳はしばらく不満そうに唸り、観念したのか口を開く。
Aはすかさず重湯を獪岳の口に滑り込ませ、次々とひとすくいずつ与えた。
重湯が半分ほど獪岳の腹におさまったか、という頃、急に空気を吸い込む音がした。
獪岳のやわい喉からだ。
「あー……あー……」
「? よしよし、どうしたの」
ぼろぼろと涙を流して泣く獪岳を抱き上げ、Aは部屋の中を歩き回る。ぐずる声が小さくなるのを待ち、再び畳に下ろそうとすれば、獪岳は火がついたように泣き始めた。
これはもう食事どころではない。
Aは中身の残った器に手ぬぐいを被せてしまうと、獪岳をおんぶ紐で背中にくくりつけて、あやしながら炊事場に向かった。
49人がお気に入り
感想を書こう!(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
契ゐと(プロフ) - ああ、可愛いがすぎる…獪岳が推しなのでこんな素敵な小説があって嬉しいです (2021年8月17日 12時) (レス) id: 86212c8490 (このIDを非表示/違反報告)
月狐(プロフ) - あぁあぁ!!!最高すぎます!!この小説の獪岳くんはめっちゃ可愛い。「獪岳嫌い」って人おるけど、私は大好きすぎてやばいレベルです。獪岳くん好きか他にもいて良かった…。更新待ってます!!! (2020年12月26日 15時) (レス) id: 8c0c53f143 (このIDを非表示/違反報告)
善逸、獪岳くんしか勝たんよ~。 - 獪岳推しです♪可愛い過ぎる!死ぬよ死ぬ! うーとかさ、とにかく獪岳の全てが可愛いから。大人になった今はクソイケメン過ぎて辛い!早く続きお願いします!獪岳が好きな理由分かります (2020年11月11日 22時) (レス) id: b6d5995114 (このIDを非表示/違反報告)
マナ - 獪岳の成長を読みながら見守っていきます(笑)更新楽しみにしています!頑張って下さい! (2020年10月26日 16時) (レス) id: e03751a58e (このIDを非表示/違反報告)
こめ(元団子)(プロフ) - マナさん» マナさん、コメントありがとうございます!似てますかね…(意識してなかった)人から指摘されて気づくこともあるので嬉しいです!2日に1度くらいのペースで更新しますのでお付き合い頂ければ幸いです(*´ω`*) (2020年10月24日 11時) (レス) id: a3e8a2be57 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名:こめ(元団子) | 作成日時:2020年10月19日 23時