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Aは貧しい農村の子供だった。
農業を継ぐ長男はすでに居り、三女のAは物心ついてしばらくすると、口減らしのため奉公に出された。
行き先が遊里でないだけ温情だったが、家族の生活はゆくゆくは労働力になる子供を手放し、はした金でもすぐに得たいと思うほど困窮していた。あまりに早く奉公に行ったAに、生家の記憶はほとんど無い。
奉公先は二つの山を越えた先にある分限者の家だった。細い腕に渡されたのは、生まれたばかりの赤子。Aの仕事は子守りだった。
赤子の名は、獪岳といった。死んだのか、家を追い出されたのか、彼の母の姿はすでに家には無かった。
Aは当時のことを思い返すと、背中にあった獪岳の高い体温ばかり蘇る。
家族から邪険にされていた獪岳をおぶって家の庭や廊下を歩くと、嫌そうな顔を向けられたことも。
時には犬を追い払うように、子守りのAごとぶつものだから、獪岳がよちよち歩きを始めるようになっても、彼の居場所はAの背中だった。
村では有名な分限者の子供であるはずの獪岳は、それに相応しい扱いを受けてはいなかった。
卑しい子。
犬の子。
邪魔な子。
獪岳は不憫な子供だった、不憫だったが、寝食は保証されているのがAには羨ましかった。
詳しい事情は知らなかったAでも、この赤子が表に出せない子だというのは承知していた。
名すらも、悪意を込めてつけられたという。
玻岫瓩箸い字が持つ意味は、Aよりずっと先に屋敷で働いていた、年老いた下男が教えた。
「なんで? 獪岳は何も悪いことしてないよ」
「お前さんはそう思うかもしれんが、この家の主人にとっちゃあ違うのさ。橋の下に捨てられなかっただけマシってもんだね」
「こんなに可愛いのに……」
Aの膝の上で、赤子の獪岳はAのうすい胸に顔をすりつけた。
子守りの贔屓目を抜いても、獪岳は可愛い赤子だった。
黒目がちな目、雛人形のように色白な肌、きゃらきゃらとよく笑う。ぐずっていてもAが抱けばすぐ泣き止んだ。懐かれている事は誰の目にも明らかで、Aはいっそう獪岳を可愛がった。Aが奉公に出される少し前に生まれた妹より、ずっと可愛く見えた。
あまり泣かない子であったために、他の使用人もこっそり獪岳を可愛がった。
「きっと賢い子に育つ」と言われた日には、まるで自分のことのように誇らしい気持ちになったのを、Aは覚えている。
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契ゐと(プロフ) - ああ、可愛いがすぎる…獪岳が推しなのでこんな素敵な小説があって嬉しいです (2021年8月17日 12時) (レス) id: 86212c8490 (このIDを非表示/違反報告)
月狐(プロフ) - あぁあぁ!!!最高すぎます!!この小説の獪岳くんはめっちゃ可愛い。「獪岳嫌い」って人おるけど、私は大好きすぎてやばいレベルです。獪岳くん好きか他にもいて良かった…。更新待ってます!!! (2020年12月26日 15時) (レス) id: 8c0c53f143 (このIDを非表示/違反報告)
善逸、獪岳くんしか勝たんよ~。 - 獪岳推しです♪可愛い過ぎる!死ぬよ死ぬ! うーとかさ、とにかく獪岳の全てが可愛いから。大人になった今はクソイケメン過ぎて辛い!早く続きお願いします!獪岳が好きな理由分かります (2020年11月11日 22時) (レス) id: b6d5995114 (このIDを非表示/違反報告)
マナ - 獪岳の成長を読みながら見守っていきます(笑)更新楽しみにしています!頑張って下さい! (2020年10月26日 16時) (レス) id: e03751a58e (このIDを非表示/違反報告)
こめ(元団子)(プロフ) - マナさん» マナさん、コメントありがとうございます!似てますかね…(意識してなかった)人から指摘されて気づくこともあるので嬉しいです!2日に1度くらいのペースで更新しますのでお付き合い頂ければ幸いです(*´ω`*) (2020年10月24日 11時) (レス) id: a3e8a2be57 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:こめ(元団子) | 作成日時:2020年10月19日 23時