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そこそこ身軽 ページ13

「あの木の上だ。捕まえてくる」


言うが早いか、子供は地を蹴って大きく跳躍し、一息で猫が乗る枝まで登った。枝が揺れ、擦れ合う葉がかさこそ音をたてる。

ところが、太い枝に跨り猫を抱いた子供は中々降りてこようとしない。


「鏡花、私は大変な事に気がついてしまった」

「どうしたの」

「両手を使わないと降りられない上に、ここから飛び降りるのは少し怖い」

「それは大変」

「もう私はここで暮らすしかない」

「そうかもしれない。残念だけど、此処でお別れ」

「今までありがとう鏡花姉さん」

「こちらこそ今まで有難う」


「その茶番は何時まで続ける心算だ」


平坦な声で交わされるやり取りに、芥川はうんざりとした声色で言った。「大丈夫。ちゃんと助ける」鏡花は紐で首から下げている携帯を着物の衿から取り出した。夜叉を使うらしい。


「僕が代わろう」


口から滑り落ちた一言。携帯を中途半端に開いたまま動きを止めた鏡花を見て、芥川はそれが自分の発言である事に気付いた。

鏡花に任せれば善いではないか、と内心で首を傾げつつも、一度言ってしまった事を取り消す事は出来ない。「間違って斬られたくなくば動くな」と子供に忠告し、芥川は黒布を伸ばした。


「昆布みたいだな」


腹に巻き付く羅生門を眺めた子供が何か言っていたが、無視だ、無視。芥川は慎重に異能を扱い、子供をゆっくりと自身の方に引き寄せた。

下から覗き込む形となるため、芥川はその日、初めて帽巾に隠された子供の顔を見た。


「は、」


異能の制御を疎かにする等、滅多にない失態だ。支えを失い落下した子供をその身一つで受け止め、芥川は背面から倒れ込んだ。盛大に砂埃が舞う。

にゃあ、と鳴いて、腕から抜け出した猫は芥川の頬を舐めた。ざりざりとした湿った感触にも構わず、芥川はただ呆然と己の腹に跨る子供を見上げた。


「昆布って言われた事そんなに嫌だったのか……?」


手を伸ばす。帽巾を取り払われ、子供は「あ」と声を上げた。それから、黒目がちの瞳が芥川を覗き込む。


「アンタ卵かけご飯に猛烈に頬舐められて、」


「A」強く遮って名を呼ぶ。子供はほぼ反射のように「はい」と返事をした。


「その……、善い名だな」


「ありがとう……?」子供は不思議そうな顔で礼を述べた。腹に感じる体重が重い。当然か、と思った。幼児だった頃とは訳が違うのだ。脈を打ち始める強い感情を理性で押し止めながら、芥川はもう一度その名を口にした。

また会えたのに→←因縁の対決 in中華街



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ロト - こめ(元団子)さん» お久しぶりです!最近わりと多忙でした…少し時間が空いてきたので見てみようと思えば結構更新されてて嬉しかったです!癒されました〜! (2019年8月25日 23時) (レス) id: 84710b8cd8 (このIDを非表示/違反報告)
こめ(元団子)(プロフ) - ロトさん» ロトさん! お久しぶりですね! そうです娘主は奔放な子供なので自由に遊び回っては国木田さんに叱られ 最終的には追いかけ回されますw (2019年8月25日 22時) (レス) id: a3e8a2be57 (このIDを非表示/違反報告)
ロト - 近所迷惑(社員寮)……つまり、国木田さんの胃痛が増すんですね分かります。 (2019年8月25日 1時) (レス) id: 84710b8cd8 (このIDを非表示/違反報告)
こめ(元団子)(プロフ) - 来霧さん» やったー!ありがとうございます これからもお付き合いください! (2019年8月19日 2時) (レス) id: a3e8a2be57 (このIDを非表示/違反報告)
来霧(プロフ) - 続きが!きになりすぎます!!応援していますー!頑張ってください! (2019年8月17日 0時) (レス) id: cc1c1fbc8a (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:こめ | 作成日時:2019年6月22日 21時

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