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目をぱちくりさせてきた目の前の男女に腹を立てたけど、いちから説明なんてしてやらなかった。涙を一滴もこぼさなかったわたしは、ただ落としにくいだけの目元を連れて帰るはめになる。
女はちょっと泣いたし、男はちょっと怒った。
でもどれだけ謝られたって耳を貸さなかった。逃げもしなかったし、口も割らなかった。そのうち、ふたりは諦めたように苦く笑っていた。解決したみたいな顔をするな、わたしは許してなんかいない。
「……なんか、夜の匂いがする」
店を出て、こっそり拓司がそう呟いたのを、わたしは聞き逃さなかった。
呑気で阿呆で場にあってない最悪の発言にも思えるけれども、きっとそうじゃない。
これは、わたしに対する皮肉だ。
だって、はらいっぱいに空気を吸い込んでも、夜の匂いなんてしないんだもの。
でも彼の隣の女は、同意するようにやわらかく微笑んでいる。これは、ふたりの夜の匂いなんだろう。缶チューハイを飲んで幸せを感じていたお前は馬鹿だぞ、と舌を出されている気分になる。
そういえば、夜の匂いが好きだと笑う彼は記憶に新しい。
それはきっと、そのときからとっくにわたし越しに嗅いだ匂いじゃなかった。am0:00を超えて彼が連れてくるような匂いじゃなくって、pm8:00から待ち合わせ場所で待つ女と嗅ぐ夜の匂いだ。
しゅわしゅわと泡が沈んでいく。
氷が溶けた音がどこかでからんと響いた。
空耳だろうが、苦しくなった。適当なグラスに注いだ発泡酒で、わたしはあんなにも心地よかったのに。
きっと、その女には朝ごはんを作ってもらって嬉しそうに笑うのだろう。わたしのは朝は食べない派だからと断るくせに。
きっと、その女の家には彼のものがわたしの家よりもたくさん置いてあるのだろう。わたしの家からは減ってばかりなのに、そっちには増えていくんだろうなあ。
愛は星の数ほどあると言うけれど、天を仰いでも星なんてひとっつも見えなくて。これはやっぱり、君の隣なんかじゃあ愛を得られないって、そういうことだろう？
だって、ほら。
わたしを見ては淀む君の瞳が、その女の隣で夜空を吸い込んだみたいに輝いた。
これから、ふたりはam0:00を何度も超えていくのだろう。
でもその度、思考の端っこで幸せを蝕み続けるわたしを思い出しますように。
さあ、そんな呪いを込めて。
「夜の匂いってさあ、すっごく幸せだよね」
月の綺麗な夜だから、わたしの汚さが際立った。
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作者名：早瀬 x他3人 | 作者ホームページ：
作成日時：2021年3月29日 15時
