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約束の日。土曜日、pm3:00。
身支度のために鏡に向かっていたわたしは、擦れに強いアイラインをひいて、ウォータープルーフタイプのマスカラを選ぶ。最後のつもりで、特別丁寧に綺麗に彼好みに仕上げた。
そんな鎧を被っても、わたしはきっと、強くあれない。
用意ができてから玄関に向かうまで40分、家を出る前に玄関で10分、電車を2本、店の最寄り駅で7分、店の前で5分。勇気を振り絞れずに費やした時間だ。そしていまも、個室の前で20秒ほどが経過している。
今日だけでどれくらいの人を指先で産んだかわからない。息を吐いて、手のひらに指先を滑らせた。これが、最後のひとり。
意を決して扉を開いた。
扉に手をかけたまま、半身ほど部屋に入ったわたしはそこにいる人の姿を捉え、固まった。
刹那、たとえきれない苦しさが一気に押し寄せてくる。心臓は今までにないほどはやく動いているし、手の震えも止まらない。いろいろな感情がフル稼働しているようで、頭の整理がつかなかった。
でも不思議と涙は出なくって。
彼氏と浮気相手の女に出迎えられたのに、本当に不思議だなあ。
「早速、本題から」
……正直、別れ話くらいは覚悟していた。
けれど、まずは美味しいおつまみとお酒で普段通りの楽しい話をできると思っていたのだ。それがまさかこんな早々に撃たれるなんて。
下を向いてばかりの女と、わざとらしいほどこちらを見つめてくる拓司。彼の口は相変わらずよく回る。そう、敵にすると面倒なタイプ。
「でも、本当に」
誠心誠意、彼の言葉で隣に座る女と恋をしたいんだと説明をしているのだろう。愛とはなんぞや、恋とはなんぞや。そんなことを語る唇は動き続けている。
そんなの待たずに「サイテー!!」とお冷をぶっかけたり、頬にもみじをつくってあげられる女であるべきだったと自分でも思う。
せめて、逃げれる優しさと強さでも持っておけばよかった。お互いのために。
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作者名:早瀬 x他3人 | 作者ホームページ:
作成日時:2021年3月29日 15時