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僕らが簡単に使ってしまう【天才】という言葉に彼女がこんなにも苦しめられていたなんて、今日初めて知った。思わず文字の羅列に向けられていた視線を隣に向けてしまう。タイピングの音は止んでいた。彼女は、俯いていた。
確かに最近は、あまりに突拍子もない「行って参ります」を聞く機会がめっきり無くなっていた。オフィスに来る際は友達のようにいつも一緒だった大きな鞄も、今は部屋を見渡したってどこにも鎮座していない。
思えば彼女の【世界】も、軽く数ヵ月は見ていないような気がする。
彼女は、絵を描かなかったのではない。描けなかったのだ。あまりに高くなってしまったハードルに立ち向かうのが怖くなって、けれどそれを誰にも告げられず、一人でずっと悩んでいた。―――どうして自分は、絵を描いているのだろうと。
「……これはあくまで、僕の独り言なんですが」
「……はい」
「―――僕はね、小柳Aという天才画家の絵を見るのと同じくらい、絵を語る彼女の横顔を見るのが、日々の楽しみだったんですよ」
「え……」
視界に入れなくとも、彼女の瞳が大きく見開かれている様は容易く想像できた。
彼女が「どうやって絵を描いていたか思い出せない」と言ったとき、まず浮かんだのは【もう彼女の絵は見れないのか】ではなく【もう楽しそうに絵を語る彼女の横顔を見れないのか】という思いだった。
そこで、気づいた。僕は小柳Aの手掛ける【世界】も勿論好きだったが、それ以上に、【世界】を見つめる彼女が好きだったのだと。
「小柳さん」
今度は独り言ではない、というように彼女の名前を口にして隣に体を向ける。想像通り目を見開いていた彼女は、うっすらと微笑んだ僕をただ無言で見つめていた。
「だから、世界なんて見ないで。目の前に居る僕だけのために、絵を描いてくれませんか」
好きというたった二文字を呟けない代わりに、僕は別の言葉を精一杯紡ぐ。
なぜ筆を取るのか分からないなら、僕のために、筆を取ってくれませんか。そして貴方が見ている世界の断片を、僕に少しだけ見せてくれませんか。
【天才画家 小柳A】のブランドなんて要らないから、ただただ絵が好きな貴方自身の【世界】を、僕に見せてくれませんか―――。
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早瀬(プロフ) - カルボンさん» カ、カルボンさん…!作品拝読しております!テーマ褒めて頂きありがとうございますお気に入りのテーマでしたので嬉しいです…!(T_T)皆様のお陰で素敵なものができて私も感激です!素敵な感想ありがとうございました! (2020年10月27日 0時) (レス) id: d923da9d53 (このIDを非表示/違反報告)
カルボン(プロフ) - あっ、、、致死量のエモ、、、。まず「好きと言わない告白」という企画テーマが天才すぎて頭抱えました。素敵すぎてこちらはどうにも「好き………」としか現在言葉が出てこない状況です。素敵な作品、ありがとうございました。 (2020年10月26日 23時) (レス) id: 6c016596a7 (このIDを非表示/違反報告)
早瀬(プロフ) - こむらさん» コメントありがとうございます!皆様が織り成すこの素敵な恋模様がとうとう世に放たれました……!私も感激で言葉がでません…(T_T)ご覧頂きありがとうございました!! (2020年10月26日 22時) (レス) id: d923da9d53 (このIDを非表示/違反報告)
こむら(プロフ) - 拝読しました。素敵な企画を本当にありがとうございます。どのお話も心を動かされました。私の語彙力ではうまく表現出来ませんが、メンバーと女の子たちの精一杯の愛情を見せて頂けて本当に幸せです。1話読む事に深呼吸して天を仰ぎました。お疲れ様でした。 (2020年10月26日 22時) (レス) id: 611554b67c (このIDを非表示/違反報告)
早瀬(プロフ) - やまだ はなこさん» コメントありがとうございます!そうなんですバチバチのエモなんですこんなとんでもないことあっていいのかという次元にきてます……!企画、お褒め頂きありがとうございます!ぜひこの神々のお話を何度も何度も読んでください!!(*^_^*) (2020年10月26日 21時) (レス) id: d923da9d53 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:早瀬 | 作成日時:2020年10月3日 0時