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別に特段意識するようなことではないと分かっているのだが、何故だが、彼女と二人きりというこの状況に緊張してしまっている自分が居る。
緊張からか、珈琲をカップに注ぐ指先は僅かに震えていて、一人笑ってしまう。まるで好きな人を前にした男子高校生みたいだ。もうそんな歳ではないというのに。
注ぎ終わった二つのカップを持って、編集部屋に戻る。パソコンと向かい合う彼女は僕が入ってきたことに気づいていないのか、コトリと音を立ててカップを置くと、漸く顔をこちらに向けた。
「わざわざありがとうございます」
「どうせ暇を持て余していたところなので」
僕も彼女の隣に腰かけて、ミルクや砂糖は一切入っていないブラックの珈琲を啜る。
猫舌のため冷めるまではあまり飲めないが、こうしてちみちみと飲むのもまた一興。猫舌には猫舌なりの楽しみ方があるのである。
それから暫くは、お互いになんの会話も無かった。彼女は担当している記事の作成、僕は今度撮影で使う問題の添削。各々やるべきことがあるこの空間には、無音でもどこか居心地の良さを感じる空気が漂っていて、不思議と息がつまる感じは無かった。
―――夢って、なんだと思いますか。一時間は続いていた沈黙を切り裂いてきたのは、意外にも彼女の方からだった。
「夢?」
「はい。……ここからは、私の独り言と思って、聞いて欲しいんですけど」
独り言として聞いてほしいなら、と視線はパソコンのデスクトップに戻し、耳だけは彼女の声に傾ける。すっかり冷めきってしまった珈琲を喉に流し込む僕に、彼女はゆっくりと言葉を並べ始めた。カタカタ、とタイピングの音は途絶えない。
「私、小さい頃からずっと絵が好きで、昔から、絵を仕事にすることが夢だったんです。大学にも、その為に入りました」
「……」
「……でも、最近、思うように筆が動かないんです。天才という言葉に負けたらどうしようとか、期待に応えられなかったらどうしようとか、そんなことばかり、考えてしまって……」
どうやって絵を描いてたのか、思い出せないんです。
なんで筆を取っているのか、分からなくなるんです。
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早瀬(プロフ) - カルボンさん» カ、カルボンさん…!作品拝読しております!テーマ褒めて頂きありがとうございますお気に入りのテーマでしたので嬉しいです…!(T_T)皆様のお陰で素敵なものができて私も感激です!素敵な感想ありがとうございました! (2020年10月27日 0時) (レス) id: d923da9d53 (このIDを非表示/違反報告)
カルボン(プロフ) - あっ、、、致死量のエモ、、、。まず「好きと言わない告白」という企画テーマが天才すぎて頭抱えました。素敵すぎてこちらはどうにも「好き………」としか現在言葉が出てこない状況です。素敵な作品、ありがとうございました。 (2020年10月26日 23時) (レス) id: 6c016596a7 (このIDを非表示/違反報告)
早瀬(プロフ) - こむらさん» コメントありがとうございます!皆様が織り成すこの素敵な恋模様がとうとう世に放たれました……!私も感激で言葉がでません…(T_T)ご覧頂きありがとうございました!! (2020年10月26日 22時) (レス) id: d923da9d53 (このIDを非表示/違反報告)
こむら(プロフ) - 拝読しました。素敵な企画を本当にありがとうございます。どのお話も心を動かされました。私の語彙力ではうまく表現出来ませんが、メンバーと女の子たちの精一杯の愛情を見せて頂けて本当に幸せです。1話読む事に深呼吸して天を仰ぎました。お疲れ様でした。 (2020年10月26日 22時) (レス) id: 611554b67c (このIDを非表示/違反報告)
早瀬(プロフ) - やまだ はなこさん» コメントありがとうございます!そうなんですバチバチのエモなんですこんなとんでもないことあっていいのかという次元にきてます……!企画、お褒め頂きありがとうございます!ぜひこの神々のお話を何度も何度も読んでください!!(*^_^*) (2020年10月26日 21時) (レス) id: d923da9d53 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:早瀬 | 作成日時:2020年10月3日 0時