お孵り No.side ページ34
店内の柔らかなBGMに心を許しながら、彼は少しづつ言葉を紡いでいく。
牛「…最後にひとつ」
彼は車椅子のタイヤ部分を手で滑らせ器用に横にいるA……Aに顔を向ける。
「なんだい？牛沢さんよ」
ニヤリとAは笑い、体をカウンターに向けたまま顔を彼へ向けた。
牛「はっ、その生意気な笑い顔」
彼はそう笑って手の甲で口を押さえた。
牛「＿＿＿よおAさんよ」
ニヤリと笑ったその姿は、やはり。
牛沢だったのだ。
牛「どう最近？」
「んふ、減らず口。それでこそ牛沢さんだ」
少し潤んだ声は真っ直ぐに伝わる。
牛「うるせぇよA、俺が気づかねえからってどんだけからかってくれてんだ」
「なになにぃ〜、どこで思い出したのさ？」
Aはからかう様な口調でヘラヘラ笑う。
牛「俺の心配してた？A」
「…そりゃ勿論。敬愛する仲間だから」
しかしヘラヘラとした顔は段々と強ばり、ついには下唇を噛み締めて目を細めた。
「……馬鹿野郎」
牛「悪かったよ、心配させて」
「…これからは一生ビックマック奢りの刑で」
牛「ああ、それくらいはする」
「後はスタバの一番でかいコーヒーとKFCのクリスピーとドンキの焼き芋と…」
牛「待って多すぎない？」
「…んふ、償っても償わせきらねえからな」
牛「金銭面でのパシリじゃん」
「…嘘嘘、君が、牛沢が生きててよかった」
牛「…俺がね」
「アンタの中にどうしても…佐々木さんしか見えなかったんだ」
牛「…外ヅラの俺を見て弄んだんだろうよ？Aさん」
「正直面白かった…笑えなかったけどね」
牛「でしょうね」
落ち着いた店内で二人はほろ苦いコーヒーを飲みながら言葉を交わす。
さっきまで他人行儀だった空気は一変し、身内による暖かな空気が生まれた。
一言で言えば、飽和だろう。
「ま、そんなに気にする事はないでしょ。生きてるし記憶も戻った」
牛「そう？…俺は凄く申し訳ない気で沢山なんだが」
「生きてそばに居てくれるだけで儲けもんだよ。自分にとってはね」
牛「そう言ってくれて…助かる。生き返れた甲斐があった」
「うん…死なないで貰って良かったわ」
二人は柔らかな笑みを浮かべたまま店内の匂いに心地よさを感じる。
すると緊張と疲労が二人からどっと放出され、眠気が二人を襲う。
二人の体内に巡っていた悪い煙が口から抜けていくようにポカンと口を開けてふにゃりとしている。
傍から見れば随分と間抜けな姿であろう。
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作者名：Yとさん。 | 作成日時：2022年11月14日 22時
