10、お兄ちゃん ページ10
ーー
｢あむろさん……安室さん、……んん｣
｢何だ｣
｢うわぁ！｣
毎度毎度、音もなく登場する彼に驚かされている気がする。
彼がここに来たということは。
｢お客さんいなくなったね｣
｢あぁ｣
向かいの席に座りながら、私の参考書を覗き込むその姿をじっと見つめた。
伏せた長いまつ毛、さらりと揺れる明るい髪……褐色の綺麗な肌。彼を見ているとやっぱり。あの人を思い出す。
いくら冷静に考えたって、こんなに似ている人は……いないでしょ？
初めてあった日からずっと、心に留めていた私の疑問。
｢……ねぇ｣
｢ん？｣
｢安室さんって……"お兄ちゃん"？｣
私の声に、手元の参考書からゆっくりと顔を上げ……絡む視線。
青く綺麗な瞳から、目を逸らしてはいけない気がした。
静かな店内。時計の音が耳障りに感じるほど……この空間は静寂に包まれていた。
一体、どのくらいの間こうしていたんだろう。
実際はそれほど長くはなかったと思う。でも、何故か途方もなく長い時間に感じたんだ。
結局。
先に目を逸らしたのは、彼だった。
｢……貴女の、という意味ですか？それとも僕自身の兄弟の話？｣
｢わたしにとっての。｣
｢ふぅん……お兄さん、いるんですね｣
あっ、誤魔化した。
｢いないけど…｣
｢へぇ？｣
また参考書に視線を落とす彼は、なんだか楽しそうに口角を上げていた。
……そっか。
うん、分かった。
｢私の、1番大好きな人………多分、安室さんだ｣
｢……｣
ふぅ、と息を吐いた彼はパタンと本を閉じた。
……それ私の参考書なんだけどなぁ。
｢教えてよ｣
｢お前、国家公務員試験を受けろ｣
｢ほえ？｣
予想外のセリフに戸惑う。私が優勢だと思っていたのに。くそう。
国家公務員試験……私が今やっている公務員試験の勉強より、もっと力を入れねば。つまり？
｢警察庁に入るつもりがあるなら教えてやる｣
｢……｣
｢どうする？｣
ニヤリと笑った安室さん。
ほんと突拍子もないこと言うな……この人。
そもそも、この言い方…提案ではなく強制だろう。
大きくため息をついて、ゆっくりと目を開ける。
……OK、腹は決まった。
｢やってやりますよ｣
｢ま、せいぜい頑張れ｣
ぽんぽん、と頭を撫でた彼は立ち上がった。
その後ろ姿を無意識に目で追う。
……否定、しなかったな。"お兄ちゃん"であることも、私の"大好きな人"だってことも。
なんで名前が違うのかは分からないけど、安室さんは絶対。
私が大好きな
零さんだ。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 890人がお気に入り
お気に入り作者に追加
この作品を見ている人にオススメ
この作品を含むプレイリスト 
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：re
| 作成日時：2021年1月27日 18時
