16、身体は大切に ページ16
「A。今日はそのまま家に帰るが、どうする?」
最後のお客さんが帰った店内。参考書をパタリと閉じてソファーで大きな伸びをする私に、食器を片付けるため客席まで歩いてきた彼が聞いた。
……そういえば、私と彼の間で変わったことがひとつ。
「勉強おしえてほしい〜」
「分かった」
ぽんぽん、と軽く頭を撫でた彼はすぐに食器をまとめてカウンターへと運んで行った。
店内のクローズ作業をする、その姿を見ても……寂しさを感じなくていいのが私にとって何より幸せ。
今日は零さんと何を食べようかな〜なんて考えながら、一緒に過ごす夜に思いを巡らせた。
零さんの毎日はとにかく忙しい。家に帰れないことも多いとか。
エリート警察官なのに捜査の一環とかいって喫茶店でバイトだもんな……。一体全体なにが起きているのか、ただの大学生である私などにはさっぱり分からないが。
零さんが過労死しそうなくらい大変なことだけは、理解できる。お願いだから、生きてくれ。
彼のその状況を知った時、『疲れてるだろうし、バイト中に勉強教えてくれなくていいよ?』と言ったら、『気分転換になるから大丈夫だ』。と笑われてしまった。
……思い出してニヤけた。だめだ、日増しに零さん好き度が上がっている。一方的に。これはマズイ…非常に。
下らない考えを振り切るように頬を叩くと、そこでふと気がつく。もしかして、晴れて彼と一緒に働くことになったら……私も、彼みたいな社畜(?)になるのか?
「…ま、まさか」
「なんだ?」
小さな声で呟いたつもりだったが、地獄耳の彼には聞こえていたようだ。首が吹き飛びそうなほど、ブンブンと横に振ってえへへへ、と誤魔化すように笑った。
今は、何も考えずに勉強に励みます。……ジーザス。
零さんは、家に帰れる日は毎回私を泊めてくれる。それは……ひとりが苦手な私を想っての行動だって、痛いほど分かるの。本当に、優しい人だね。
そのお礼と言ってはなんだけれど、泊まらせてもらった時には必ず一通りの家事を済ませて食事の用意もする。結局、零さんも手伝ってくれるんだけど。
お風呂上がりに少しだけ勉強を教えてもらったら、お疲れの零さんをさっさとベッドに引きずり込む(もちろん健全)までが私の役目。
『Aのせいで夜更かしが出来なくなった』なんて文句を言われるけど、んなもん知ったこっちゃない。いいから寝てくれ。
そもそも、この家に帰ってきてない時は徹夜してるって知ってるんだぞ。体労われバカー!
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作者名:re | 作成日時:2021年1月27日 18時