泡沫の恋【Tadayoshi Ohkura】 (ページ20)

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【２０】ページ20

「院長、お疲れ様です。
お先に失礼します。」

「お疲れ様です」

ふたりで院長室に居る
この間70歳を迎えた院長に挨拶にいくと、
フカフカなソファに腰掛けて難しい顔をしてパソコンとにらめっこしてる。

珍しいな…
いつも、診察終わったら楽しそうに
慣れないスマホで唯一できるパズルゲームで遊んでるのに…

「あ、お疲れ様。
ふたりとも、すこーしだけいいかな？」

ん？とふたりで顔を見合わせて
「はい。」と、頭を縦に振る。

いつもふにゃふにゃで優しい笑顔なのに、
今日は、真面目な渋い顔。
こう見ると院長、若い時カッコよかったんだろうな。

「あのね、ふたりには申し訳ないんだけど…
私ももう、歳みたいでね…」

悲しそうに笑う院長。
次に発せられる言葉が瞬時に頭に浮かんで
胸がギューと締め付けられる。

「ここんところ、カラダの色んなところに
ガタがきてて…私ももう潮時かなって思ってるんだよ。」

私がこの医院に来て
1週間後に開いてくれた歓迎会で
『この仕事は私にとって生き甲斐であり、誇りでもあるんだ。』
そう嬉しそうに、言ってた顔を未だに覚えてる。
『一緒に、この医院を支えてくれたら嬉しいな。』
一緒に。その言葉が胸に突き刺さって、
この人について行こうと思ったっけ…

「じゃ、じゃあココ、なくなっちゃうんですか…？」

「…美菜ちゃん。」

「でもっっ！」

泣きそうな声を出す美菜ちゃんの肩を抱く。
私も、そんなの、ヤダ。
でも、心に決めた顔をした院長を見たら…

「え？ココはなくならないよ？」

「「え？」」

さっきまで真剣な顔だったはずなのに、
いつのまにかにいつものキョトン顔。

「私は退くけど、息子が継いでくれるよ～」

「え？院長、息子さん居たんですかっ！？」

「うん。居るよ～知らなかった？」

「はい…。」

そんな話、全く聞いたことない。
院長、ふざけた独身貴族で、
広いお家でひとりで楽しくパズルゲームしてるんだとばかり…

ごめんなさい、院長…。

「だから、来月から息子が、まずはイチ歯科医として来るからそれだけは把握していてほしいな」

とりあえず、ココはなくならなくて良かった、けど…複雑だな。