漆 別れ ページ7
猗窩座が少女の元へ向かう途中にした、血の匂い。その匂いを嗅ぎ取った途端に猗窩座の頭によぎったのは、毎夜彼の話を楽しそうに聞く少女の姿。ろくに呼吸も出来ず辛く苦しいだろうに、いつもコロコロと鈴の転がすような声で笑う姿は、春に溶ける雪のように儚い。
「ごめん……なさい」
消え入りそうな少女の声に導かれるように屋敷に飛び込んだ猗窩座が見たのは、今まさに鬼に喰われようとしている少女の姿だった。
少女を食おうとした鬼は、やはりというべきか、彼の大嫌いな鬼、童磨であった。
猗窩座の後ろで、恐怖に震えて涙を浮かべる少女の姿に、フツフツと何かが押し寄せてくる。今まで彼が童磨に向けていた嫌悪とは違う、熱い何か。
「猗窩座殿が食べないなら、俺にくれないかな?すごく美味しそうだ」
手も足も出ない猗窩座を見下ろす童磨は、舐め回すような視線で少女を指差す。それが癪に障り、猗窩座は再生したばかりの手足を振うも、届かない。全て軽くあしらわれ、吹き飛ばされる。
「頑張るねぇ、すごいよ猗窩座殿。まるで人間みたいだ」
無駄なことを無意味に続ける、愚かしい人間。そう嘲笑うように、哀れむように眉を下げる童磨は、なんの躊躇なく再び扇を振り下ろそうとしたが、その拳が猗窩座に届くことはなかった。
「もう……やめてください……!」
猗窩座の前で、小枝のように細い両手を広げて立ったのは、恐怖に唇を噛み締める少女だった。恐ろしいのだろう、手足を震えて、声も涙交じりだ。
彼の忌み嫌う弱者。ただ強者に平伏すしかできない彼女が一体何をしようというのか。
童磨は何か思いついたように不敵な笑みを浮かべると、口元に弦を描く。
「君が大人しく俺に喰われてくれるなら、これ以上猗窩座殿には手を出さない。俺は優しいからね、命は大事にしないと」
一体どの口が言うのか。少女は悲しそうに後ろにいる猗窩座に顔だけを向ける。
なぜ逃げない。頼む、逃げてくれ。分からないのか、コイツに殺されてしまうぞ。頼む、俺は良いから逃げてくれ。頼むから。
猗窩座の声が聞こえているはずなのに、少女はただ優しく微笑むだけだった。
「貴方が話しかけてくれたから、私はこうして生きてこられました。貴方に私は救われたんですよ」
待ってくれと少女に手を伸ばす猗窩座の手は、童磨によって引き寄せられた少女には届かない。
「ありがとう________伯治さん」
目を細めて笑う少女の頬を、糸筋の雫が伝って畳の上に落ちた。
24人がお気に入り
感想を書こう!(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
squid(プロフ) - ルナさん» 返信が遅れた申し訳ありません!狛恋は本当に切ないなと思います!ワニ先生がワニ過ぎて、頼むから幸せになってくれと漫画読みながら号泣しました。こちらこそ、完読していただきありがとうございます!アカザさんの小説が増えますように! (2020年4月9日 14時) (レス) id: 40b9242022 (このIDを非表示/違反報告)
ルナ(プロフ) - 狛恋推しなのでめっちゃ嬉しい……。頑張って狛恋夢小説探してよかった(TT)、猗窩座で検索かけてもほとんどヒットしないのほんと悲しい……。ありがとうございましたm(_ _)m (2019年10月20日 22時) (レス) id: fad89075ae (このIDを非表示/違反報告)
squid(プロフ) - 窩座女_参さん» コメントありがとうございます!猗窩座と恋雪さんは幸せになってほしかった……という下心から書いたのですが、そのように感想をいただけて嬉しいです!完読ありがとうございます! (2019年7月24日 8時) (レス) id: bf945fda6a (このIDを非表示/違反報告)
窩座女_参(プロフ) - えっ、めっちゃ好きです、、(´TωT`。猗窩座オチの小説が少なすぎるので恋雪が出ていて最高でしたし、、。素晴らしい神小説ありがとうございます、、(´;ω;` (2019年7月24日 8時) (レス) id: e12b8d56e4 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名:squid | 作成日時:2019年6月14日 17時