【鬼滅の刃】罪の向こう

陸 負け戦 ページ6

目を閉じた少女の鼻をついたのは、鉄臭い匂い。だが、耐えようとした来るはずの痛みは来ず、それが自分のものではないのいうのはすぐに理解できた。

「どういうつもりかなぁ？……猗窩座殿」

意外そうにワザとらしく目を見開いた男、童磨。その男から少女を庇うように背を向けて立つのは、片腕を失った桃色の髪の青年。袖のない羽織とズボンで、両足には数珠を付けているだけの軽装。彼の身体中をなぞるようにして藍色の線が刻まれている。

「なぜお前がここにいる？」
「それはこっちの台詞だぜ？人間を忌み嫌う君が、どうして人間を庇うんだ？」

食べないなら俺に頂戴、と子供が親にオモチャをねだるかのようにカラカラと笑いかける童磨に、猗窩座は背後の少女を一瞥し、前を睨みつける。
それはまるで、何かを守ろうとする仕草のようで、共喰いをするだけの鬼が本来持ち合わせていないはずの仲間意識。守るという行為。

「失せろ」
「えー」

畳がひっくり返るほどの踏み込みで、猗窩座は童磨に殴りかかる。顔に拳をめり込ませ、そのまま突進するように腹に肘を叩き込む。
どれも "上弦の参"に恥じないほどの威力とスピードを兼ね備え、一般の鬼殺の剣士では目で追うのがやっとだろう。
彼が参であるように、彼の上には上弦の壱と弐が存在する。元々は"上弦の弐"であった猗窩座は、入れ替わりの血戦というものに敗れ、"上弦の参"となったのだ。
いま彼が敵対している童磨が、現"上弦の弐"。

「酷いことするなぁ。急に殴りかかるなんてさ」

猗窩座の全力の攻撃などなかったかのようにヘラヘラと両手を振ると、童磨はどこからか扇を取り出すと、風を起こそうというのか、猗窩座に向かってあおぐ。いや、あおいだように見えた(・・・)。
ほんの１秒にも満たないほどの刹那の間で、猗窩座の手脚が畳の上に転がる。

「猗窩座殿が食べないなら、俺にくれないかな？すごく美味しそうだ」

扇で口元を隠し少女を指差す童磨には余裕がある一方で、猗窩座は手脚が一瞬で再生するもそこに余裕など一切ない。
勝てるわけがないのだ。栄養価のやや低めの男のみを食らっていた猗窩座と、栄養価の高い女を多く喰らってきた童磨では、基礎能力が天と地ほどの差がある。それは猗窩座自身が１番分かっている。
童磨の、一見友好的に細められた目には、ナイフのように鋭い殺意が込められている。
負け戦に身を投じるなど愚か者のすることだ。だというのに、猗窩座は一歩も退かなかった。

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