検索窓
今日:3 hit、昨日:4 hit、合計:24,067 hit

拾伍 空虚 ページ16

肺がん。禁煙などが原因と考えられているが、確かなことは分かっていない。
初期症状は咳や痰など、風邪と勘違いされやすい。治療法がないわけではないが、副作用を伴う。例え治療したとしても、完治は不可能に近い。

「長くても……1年だそうです」

情けないですね、と眉を下げるAは、己の死を自覚しているのかいないのか、余命宣告をされた人間とは思えないほど、穏やかな笑みだ。

「どうして笑っていられるんだ?」
「誰しもがいつか死ぬからですよ。それが遅いか早いかの違い。だからこそ、命は尊いのです」

貴方もおっしゃってたじゃないですか、とイタズラっぽく笑うAに、杏寿郎は驚きを隠せない。
己が置いて逝ってしまうだろうと思っていた愛しい人が、結婚はおろか、夢すらも奪われて死ぬことになるなど、誰が想像できようか。

「杏寿郎。わたしを貴方の任務に、連れて行ってはくれませんか?もう長くない身です」

長くない身だからこそ、安静にしていなければならないと、杏寿郎はAの説得を試みた。
彼の任務は、決して楽なものではない。鬼と戦うのだ。人の悲痛な嘆きも、絶望も、決して美しいとは言えないそれらを目にしなければならない。
そんな任務に、彼女を連れては行けない。
それだけではない。杏寿郎について行くことは、治療を受けずにいるのと同じ。完治はせずとも、ほんの1ヶ月でも長く生きられるかもしれない。それを放棄するということ。

「長々と空虚の中を生きるより、貴方の隣で、残りの人生を彩りたいんです」

死ぬのではなく、生きるために、彼女は残りの人生を使いたいのだと。
彼女の迷いのない双眸に、杏寿郎は思わず見惚れて自覚する。彼女のこの目に惚れたのだと。
誰よりも恐ろしいだろうに、それでもそんな様子など見せず、前を向いて胸を張ろうとする彼女は、どんな女性よりも魅力的だった。

「……分かった」

最後に折れたのは、杏寿郎だった。
本人がそう望むなら、杏寿郎に止める権利はない。それで命を落としたとしても、彼女はきっと、満足げに笑うのだろうと、容易に想像できたから。

任務の場所まで距離があるため、Aは杏寿郎に背負われることになった。
街から出たことのないAは、見慣れぬ大都会に目を輝かせ、子供のようにはしゃいでいる。生きることを謳歌するように。
だが、彼らは知らない。
これから先に待つ、新たな絶望を。
未来など知りもしない彼らは、任務のため、汽車に乗り込んだ。

拾陸 優しい形→←拾肆 隠し事



目次へ作品を作る感想を書く
他の作品を探す

おもしろ度を投票
( ← 頑張って!面白い!→ )

点数: 9.9/10 (51 票)

この小説をお気に入り追加 (しおり) 登録すれば後で更新された順に見れます
46人がお気に入り
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告

感想を書こう!(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)

ニックネーム: 感想:  ログイン

squid(プロフ) - 愛羅さん» 返信が遅れてすみません!感動系は少々苦手なのですが、そのように思っていただけたなら幸いです!完読ありがとうございます! (2019年7月1日 6時) (レス) id: bf945fda6a (このIDを非表示/違反報告)
愛羅(プロフ) - 感動しました!涙が止まりません…( ; ; ) (2019年7月1日 0時) (レス) id: 83407bc1eb (このIDを非表示/違反報告)
squid(プロフ) - ぶるこ。さん» コメントありがとうございます!素敵な夢だなんてとんでもないです。完読していただきありがとうございます。 (2019年6月17日 7時) (レス) id: bf945fda6a (このIDを非表示/違反報告)
ぶるこ。 - 涙ぼろぼろです。素敵な夢をありがとうございます…。 (2019年6月17日 2時) (レス) id: 48aba5c9ee (このIDを非表示/違反報告)
squid(プロフ) - キノさん» コメントありがとうございます!そう言っていただけて嬉しいです。 (2019年6月14日 15時) (レス) id: bf945fda6a (このIDを非表示/違反報告)

作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ

作者名:squid | 作成日時:2019年5月11日 17時

パスワード: (注) 他の人が作った物への荒らし行為は犯罪です。
発覚した場合、即刻通報します。