零 亡き人へ ページ1
棺の中で、なぜ
嗚咽を漏らすもの、ハンカチで涙を拭うもの、我関せずといったもの。けれど彼らは皆、黒の服装で身を包んでいる。
「______」
か細い声で、誰かに声をかけられる。声の方に顔を向けると、そこには少年がいた。瞼が赤く腫れ上がっているのを見るに、ずっと泣いていたらしい。
彼にとっても、大切な人が亡くなったのだ。それは仕方のないことだろう。
「それは……!」
彼が手にしていたものに、目を奪われた。
それは、もう随分と昔にあの人に渡した、ミモザの花が彫られた鍔だった。
世界には2つとない、たった1つの鍔だ。
「______の遺品の中から見つかったそうです。最期のときまで、肌身離さず身につけていたと」
その鍔を受け取り、あの人の部屋へ向かった。壊れた人形のような、フラフラとした足取りだったからか、誰かに大丈夫かと聞かれたような気がする。
あの人の部屋は、特に何も変わっていなかった。机に開かれた状態のノートは、専門用語の羅列で黒く染まり、まだ書ききれていないのか、途中で途切れてしまっている。このノートが完成する日は、決して来ないだろう。
襖の隙間から差す光は、主人のいないことを嘆いているかのように、物寂しく感じる。
何も変わっていない。いないはずなのに、世界が変わってしまったように見える。いいや、自分の世界だけが変わってしまった。
誰よりも真っ直ぐで、ミモザの下で会った人。
いつもは凛とした様子だが、笑顔は子供のようにあどけなくて、優しい人だった。
あの人の物であろうノートを手に取り、読むわけでもないのに、ただページをめくる。あの人の字だと、慈しむようにノートを撫でる。
何度も手紙を送った相手が、もういない。
「……っ!」
この場にはいないあの人の名を呼ぶ。いつもなら、慌てた様子で駆けつけて、笑いかけてくれただろうに、その声は静寂の中に消えるだけだった。
ノートを閉じ、机に戻そうとしたそのとき、ノートから何かがこぼれ落ちた。
それは、________様と書かれた封筒だった。中からは、あの人の文字が並んだ、白い紙が出てきた。
あの人からの、最期の手紙だった。
いつ死ぬかも分からないあの人は、こうなることが分かっていたのかもしれない。だから、わざわざ手紙を書いていたのだろう。
もう何年も昔のことなのに、つい昨日のことのように、鮮明に、あの人と初めて会った日のことを、今でも覚えている。
46人がお気に入り
この作品を見ている人にオススメ
「鬼滅の刃」関連の作品
感想を書こう!(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
squid(プロフ) - 愛羅さん» 返信が遅れてすみません!感動系は少々苦手なのですが、そのように思っていただけたなら幸いです!完読ありがとうございます! (2019年7月1日 6時) (レス) id: bf945fda6a (このIDを非表示/違反報告)
愛羅(プロフ) - 感動しました!涙が止まりません…( ; ; ) (2019年7月1日 0時) (レス) id: 83407bc1eb (このIDを非表示/違反報告)
squid(プロフ) - ぶるこ。さん» コメントありがとうございます!素敵な夢だなんてとんでもないです。完読していただきありがとうございます。 (2019年6月17日 7時) (レス) id: bf945fda6a (このIDを非表示/違反報告)
ぶるこ。 - 涙ぼろぼろです。素敵な夢をありがとうございます…。 (2019年6月17日 2時) (レス) id: 48aba5c9ee (このIDを非表示/違反報告)
squid(プロフ) - キノさん» コメントありがとうございます!そう言っていただけて嬉しいです。 (2019年6月14日 15時) (レス) id: bf945fda6a (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名:squid | 作成日時:2019年5月11日 17時