弐 ある女の話 ページ2
その男は、産まれたときから身体が弱く、20まで生きられないと言われていた。そんな彼に手を差し伸べたのが、1人の医者だった。
毎日を寝て過ごす彼は、朝が嫌いだった。自分を見下ろす太陽が、忌々しかった。
そんな時、男はある女に出会った。平凡な顔立ちではあるものの、太陽のように笑うその女に、男は心惹かれた。
甘ったるいほどの優しさと、包み込むような女の温かさが、男にとっては不快でならない。
あまりに愚かなその女に、男は虫酸が走った。
ならば汚してしまおう。純粋そうな笑みを、2度と笑えぬほど醜く穢してしまおう、と。男は女と婚約をし、自分のそばに置いた。
だが、男の作戦は失敗に終わった。
「私如きがこん畜生からの婚約を断れるわけないじゃないですか」
嫌味を言ったとて、女は何ともないように言い返してくる上に、男のことを畜生などと呼び始めた。
たかが女の分際で、と男は忿怒した。
女の絶望に歪んだ顔が見たいと、男は不敵な笑みを浮かべ、彼女を嘲る。使用人も、男の指示で女から遠ざかっていく。
だが、女が下を向くことはなかった。
そんなある日のこと、男の状態が悪化し、数日ほど生死の境をさまよっていた。医師の懸命な治療により、なんとか一命は取り留めた。
そのとき、男は初めて女の悲痛な表情を見た。泣いていたのだ、今まで男の罵倒になどビクともしなかった女が、見っともないくらいに惨めったらしく泣いていたのだ。
「良かった……っ!」
そう抱きしめてくる女を、その温もりを、男は払うことができなかった。自分でも分からない、過激で温かな感情が、男の中から溢れ出てくる。
その感情を言葉にすれば何となるのか、男がそれを知るのにそう時間はかからなかった。
もしも出歩ける身体になったら、女を街へ連れて行ってやろう。街でのことを楽しげに語る女に、男は心のうちで誓った。
だが、病は治る気配がなく、男は焦燥に駆られた。己が死ねば、女は他の男の元に嫁ぐだろう。自分ではない男と、街を歩くだろう。
それが、男には耐えられなかった。
「大丈夫ですか?」
女は心配そうに男の頬を手で触れる。
たったそれだけで、男の中にあったドス黒い渦が消え去ったかのように、胸が軽くなる。
心配させないようにと、男は大丈夫だと目を細めて微笑んだ。昔の男からは想像も付かない、優しい笑みで。
凍てつく空気が肌を刺す頃、女は病にかかった。
「ごめんね……」と男の腕に抱かれ、女は彼の頬に手を添えて静かに息を引き取った。
40人がお気に入り
この作品を見ている人にオススメ
「鬼滅の刃」関連の作品
感想を書こう!(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
squid(プロフ) - らんさん» 返信が遅くなり申し訳ありません!無惨様の心中についてはご想像にお任せしますが、夢主にとっては無惨様のそばに居られれば幸せだと思います。完読していただき、ありがとうございます! (2020年4月9日 14時) (レス) id: 40b9242022 (このIDを非表示/違反報告)
らん - とても切なくて綺麗なお話でした。2人共幸せだといいな… (2019年10月25日 22時) (レス) id: 9f55ee49db (このIDを非表示/違反報告)
squid(プロフ) - 浅梅雨(あさつゆ)さん» コメントありがとうございます!無惨様の悪行っぷりは正当化なんて出来ませんが、何か理由があってくれればと書いたのですが、そう仰っていただけて何よりです。完読していただき、ありがとうございました。 (2019年8月23日 19時) (レス) id: bf945fda6a (このIDを非表示/違反報告)
浅梅雨(あさつゆ) - 切なくて、儚くて、素敵なお話でした…(;;) (2019年8月23日 19時) (レス) id: 304b4044c6 (このIDを非表示/違反報告)
squid(プロフ) - よせふさん» コメントありがとうございます!無惨様への好感度が上がってくださればと思って書いたので安心しました。こちらこそ、完読していただけて、ありがとうございます。 (2019年6月15日 22時) (レス) id: bf945fda6a (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名:squid | 作成日時:2019年5月29日 6時