伍 産声の話 ページ5
それは戦いではなかった。肋骨は折れ、頭を強く打ったのか歩くのもままならない少女に、鬼が攻撃の手を緩めることはない。
錆兎とて、幼馴染が殺されるのをむざむざ見ていたわけではない。だが、鬼の手は錆兎にも伸びてくるために、少女の下まで行けない。
こうなることは、分かりきっていた。少女では、錆兎の逃げる時間など稼げるわけがない。錆兎にも、少女の逃げる時間を稼げはしない。
「随分と呆気なかったなぁ」
攻撃が止み、鬼の前には満身創痍の状態で地面に倒れた少女の姿があった。僅かに肩が動いているため、まだ生きてはいるのだろう。
「惨めだなぁ。男のくせに女も守れない」
その場に立ち尽くす錆兎は、糸が切れたようにその場に膝をついてしまう。
何かを失わないように、錆兎は自らを窮地に落としてまで修業を積んだ。もう誰も、鬼に殺されないように。
親の亡骸を抱きしめて、声を上げて泣く目の前の少女が笑っていてくれるように。
「これでまた鱗滝の弟子が2人も死んだ」
楽しげに語る鬼の声も、錆兎には聞こえない。守ると誓った少女を、今の錆兎には守れない。
血の滲むような努力も、彼女を守るには足りなかったのだと。
「……まだ、負けてない」
その時、少女は刀を杖代わりに立ち上がった。
額から血が流れ、片腕が折れているのか、ダランと地面に垂れている。
そんな状態になってもなお、少女は鬼に刀を向けようとする。立つことすらできない少女が、戦うなどできるはずがない。
だが、目の前の少女は笑っていた。己が死ぬかもしれないというときに、笑っているのだ。
『どうして赤ん坊は泣くと思う?』
その笑顔に、錆兎は見覚えがあった。
まだ錆兎たちが出会って間もない頃、淡雪が飄々と降り積もっていた時期だった。
『呼吸をするためじゃないのか?』
『そうなんだけど……』
縁側に腰掛ける少女は、錆兎の答えに、困ったように眉を下げると、真っ白な空を見上げた。
呼吸をする度に、口から白い息が出てきては消えるを繰り返す。随分と冷えたな、と錆兎は家に入るように促すも、少女は退かない。
『錆兎が外が好きなら、私もここにいる』
そう言って、少女は錆兎の隣に腰掛けたまま動こうとはしなかった。
普段は気が弱いくせに、変なところで頑固になる、少し変わった少女が浮かべたそのときの笑みが、今目の前で少女が浮かべている笑みと重なる。
【全集中】
シィンと空気の凍てつくような音がしたのとほぼ同時に、少女は鬼の間合いに入った。
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squid(プロフ) - シンアさん» コメントありがとうございます!こちらこそ、面白いストーリーを提供していただきありがとうございます。頑張ります! (2019年8月3日 17時) (レス) id: bf945fda6a (このIDを非表示/違反報告)
シンア - 続編頑張ってください!!お花見のストーリありがとうございます (2019年8月3日 17時) (レス) id: 35c1a3a4d0 (このIDを非表示/違反報告)
squid(プロフ) - りんごさん» コメントありがとうございます!更新頑張ります! (2019年8月2日 22時) (レス) id: bf945fda6a (このIDを非表示/違反報告)
りんご - foooooo!!!))ついに来ましたね、続編!!更新頑張ってください (2019年8月2日 21時) (レス) id: 65b8d779c9 (このIDを非表示/違反報告)
squid(プロフ) - シンアさん» コメントありがとうございます!夏に合わせて海に行ったりとかを考えていたのですが、お花見も良いですね。参考にします、ありがとうございます! (2019年8月1日 20時) (レス) id: bf945fda6a (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:squid | 作成日時:2019年6月1日 20時