続 ページ31
『今日、あり得ないくらい素直だね。なんかあったの』
口数の少ない彼が、旭に対して何かを懇願することは初めてに近かった
「今しかないと思っただけ」
『そう、』
彼とは無言でも心地よかったのに、今だけは気まずさを感じてしまう
『…もう戻ろ、シャワー浴びよ』
旭は田嶋にそう言いながらも
ただ彼の勇姿を見届け、汗ひとつかいていない自分自身が嫌になる
『手、砂だらけでしょ?汗もかいただろうし』
旭のその声に田嶋も、土がこびりついた自身の手のひらを見つめた
ブルペンで伝わった旭の熱はとっくに冷めていて
試合が終わった安心感だけで、ほんのりと田嶋の手が温まっている
『俺も後から行くから』
「うん」
旭がそういうと、田嶋は旭の方には振り向かず、いつものように室内へ足を運ぶ
『…俺もお前だけでいいよ』
きっと彼はシャワーに向かうことだけを考えている
どうせ自分自身の呟きは聞こえていないと
旭は本音を漏らす
自分自身の方が、彼に対して重い感情を抱えていたのではないか
旭は先ほどの田嶋のように背中を丸め、自分自身を抱きしめるように身を縮こませた
違った暖かさを感じる自分の背中を不器用に撫でる
旭は、どこにいても背筋を伸ばして前を見つめる彼の
自分に甘える時にだけ丸められる背中を撫でるのが好きだった
『大樹が良いよ。』
なぜ涙が込み上げてくるのだろうか
バレないように早くシャワー室に向かってしまおうと、旭はまだ柔軟剤の香りが残る綺麗なユニフォームで、自身の顔を拭った
『…離れてほしくない、』
旭は自分の髪を乱した後、無理に笑顔を作り、立ち上がる
涙が溢れないよう、大丈夫と自己暗示をかけながら、一歩を踏み出す
まっすぐ前を向き、ゆっくりと歩みを進める田嶋を
旭もゆっくりと、一定の距離を保ちながら追いかけた。
____
136人がお気に入り
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名:過眠 | 作成日時:2024年1月10日 21時