虚言3(短編集) (ページ22)

今日:725 hit、昨日:1,221 hit、合計:25,473 hit

続ページ22

『えっ、ぁ…、』

突然のことに言葉も出ず
とりあえず塞いでいる手を剥がそうと戸惑う手で、大きな手にそっと触れると
その手は簡単に自身の顔から剥がれてくれた

誰がそんなことをしたのかと、バッと振り向くと
そこには笑っても怒ってもいない、ただ無表情の廣岡が立っている

『なっ、なんですか…？』

自分に対して怒るでもなく、この席から退かすでもない彼に旭は戸惑っていると、廣岡は旭の頬に指を伸ばした

反射的に目をつぶってしまうと、その指は旭の頬には触れず、離れていく

彼は何をしたかったのか
思考の読めない彼に心臓を、命を脅かされるような状況に、旭はこの場から早く去ってしまいたかった

彼がずっと喋ることなく自身のそばに居るけれども、彼が喋る喋らないはどうでも良い

旭は椅子から立ち

『失礼します、』

廣岡に軽い会釈をし、少し駆けるように彼の視界から居なくなろうとしたとき
廣岡の大きな手は、旭の服の裾をしっかりと掴んだ

反動で少しよろけてしまうが、旭自身も脚を踏ん張り、廣岡の肩を掴み、転けることはなかった

会話をするのも気まずいと思っている彼の肩を、結構な力で掴んでしまい、すみませんと謝ろうとした時

「逃げんといて」

まるで自身の動きを制すかのように、旭の頭に冷たい声が響いた

逃げる意思を奪われ、彼と目を合わせることもなく、下を向くしかなくなってしまう

下を向き、浅く呼吸をする旭の脳内には、疑問しか浮かばなかった

「なんでそんな怯えてんの」

旭は
貴方が怒っているからではないかと言いたかったが、本人に聞いてみなければ本当のことはわからない

『怯えてなんかないです。この部屋、寒くて』

自分の意思と反して細かく震える肩は、暖かい温度に保たれた部屋ではあり得ないことであり
、旭の言葉は完全に嘘になる

何も悪いことはしていないのに、許して欲しいという気持ちで彼の顔を意を決して見上げても
彼は自分自身をまっすぐと見つめていた
慈愛ではなく、蔑む様な、憤る様な目で

彼のそんな目を見て、旭の思考は更に混乱する

『…廣岡さん、なにか用事あったんじゃないんですか』

彼に用事があったのかなんでどうでもよかったが、話をどうにか逸らさなければ、この空気は変えられない

声のトーンを抑え、敵意など見せず、謙る様に質問しても
眉間に皺を寄せる彼の表情には、更に機嫌の悪さが現れている気がした