文学少女と科学少年33 ページ33
千空side
最近はAも無理して動いてっから、ちーと休ませる為に早めに科学倉庫に戻ろうとすれば服の裾を思いっきし捕まれてよろける。
クソ、不意打ちとは言え裾掴まれただけでよろけるとか自分でもびっくりするほど弱ぇ。
情けねぇ、しかもこんなのを一番見られたくねえ奴に見られるのも情けねぇ。
『行かないで、もう少しここに座って空を見よう。今日は月がきれいだから』
その言葉に思わず思考が停止する。
ククク、分かって言ってんのか？この文学クソ鈍感少女はよ。
今日は月がきれい、だなんて王道にもほどがありすぎんだろ。
てか、Aのことだからまずそれを意識してんのかどうかも怪しい。
つーかこれどう返事すりゃいいんだよ。相変わらず文学大好き少女の頭が読めねぇ。これは意図的か？それともただの言い回しか？
あぁ、つくづくめんどくせぇ。考える時間さえ今は惜しいはずだ。
なのに、やっぱり俺はコイツには勝てないらしい。
どう足掻いても、不合理的なこの感情からは抜け出せねえってか。
唆るじゃねえか。
「ずっと前から月は綺麗だがな。今日は満月。ククク、Aサマの好きな昔話にも出てくんじゃねえか」
『かぐや姫だね、昔の恋愛風景を描いた平安時代の物語だよ。仮名文字が出来たばかりの時だから物言いが古風な感じがあってとても美しいんだよ』
相も変わらず楽しそうにもう何十回も聞いたかぐや姫の解説を喋る。
コイツは俺の返事を気にもとめなかった。月が綺麗ですねと言ったのは気まぐれか。
肺がモヤがかかったような気分になる。
これじゃまるで石化前のAじゃねえか。
あぁ、まさか自分がここまで女々しいなんてな。ここまで来るとむしろ清々しいわ。
ふと隣の文学少女を見れば今度は星空を見て星座がどーたらやら、星座にまつわる神話やらを解説し始めた。
『オリオン座にはね、女神アルテミスの悲しき恋物語が...って聞いてる？ほら、見てみてよ。石化前はこんな綺麗なもの、見れなかったんだよ。こう見ると、新しい世界も悪くないよね...なんて』
『多分そう思えたのは千空が居たからなんだ。だから、ありがとう』
あぁ、ほんとにこの文学少女は
どこまで行っても文学少女だ。
それ以上でも、それ以下でもねえ。
「ククク、Aサマとは大事な取引があるもんでな。それが終わるまでは離れるなよ」
『あはは、離れるつもりもないよ』
ずっと前から、俺の目に映る月は綺麗だ。
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作者名：うらら | 作成日時：2023年3月18日 20時
