運命視と黒傘【第五人格】 (ページ21)

今日:11 hit、昨日:1 hit、合計:30,687 hit

第二十話ページ21

無咎が風呂から出た時には既にフォルトゥナは休憩スペースで足をばたつかせて暇を持て余していた。

無「なんだ、待っていたのか。もう遅いのだ、先に戻っていて良いものを」

近づいて呟くとフォルトゥナが無咎を見つめる。

「え？一人で戻るのは寂しいじゃない。私、寝る前までウジンとお喋りしながら帰りたいよ」

無「…そうか」

手に持っていたタオルをにぎにぎと握って気恥ずかしい気持ちを紛らわす。

「って、ウジン！髪乾かしてないじゃん！乾かさないと髪が傷むし、風邪ひくよ？」

無「別に構わんだろう。俺はもう戻ー…」

そう言いかけ、そそくさと退散しようとした彼の髪をフォルトゥナは容赦なく引っ掴む。

びん、と引っ張られた髪の傷みに無咎の動きがビクンと跳ねる。

「ダメだよ！乾かしてあげるからこっちおいでよ」

無「こンの…！わかったから引っ張るな！！縄ではないのだぞ！？」

傷みに騒いだ無咎だったが、フォルトゥナは気にせずにタオルで拭く。

「前から思っていたのだけど…ウジンたちの髪って綺麗だよねぇ」

無「そうか？必安はともかく、俺はただの黒髪だろう」

「ただの黒髪じゃないよ！ウジンは濡れ羽のような艶のある髪だし、ピィアンは絹糸のような綺麗な髪だよ」

無「……そうか」

少しばかり褒められたことと義弟のことを照れくさくなり顔を逸らす。

無「そういえば」

「ん？」

無「風呂にて歌っていた歌はなんだ？」

「んー…あぁ、アレね！あの歌はね、『白バラの匂う夕べは』っていう歌。それがどうかしたの？」

「歌ってくれ」

「え？」

「……さっきはよく聞こえなかったからな。もう一度」

「？良いよ～！歌うのも好きだもの！」

フォルトゥナは髪を乾かしながら歌を口ずさむ。

白ばらの匂う夕べは

月も夢を見ている

窓辺のまがきの闇にもほのかに

別れた友の手ひとり思う

白ばらの匂う夕べは

月も夢を見ている…

無「(……嗚呼)」

誰かの歌う歌を聞いたのは何年振りだろうか？

獄卒となり、謝必安と死に別れ、長い間冥界にて彷徨っていた俺は歌すら忘れてしまった。

異国の歌とはいえ、心地が良い。

歌だけではない。

死んだ己に身体には既に熱は無く、氷のような冷たさが残った。

だが、この小娘の熱にあたり、俺にも熱が宿ったかのようだ。

錯覚だとしてもこの熱は離し難い。

嗚呼、この少女を。

俺はー…

無「(好いているのか、范無咎)」

水の音がした気がした。