夢で逢えたら (ページ29)

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仕事が終わった私がその足で向かったのは熊さんのお店。

前に中村さんに会ってから来てない。
少なくとも週に一度は必ず来ていたから、こんなに長く来なかったのは初めてで、入るのにちょっと緊張する。

扉に手を伸ばして遠慮がちにそろりと開く。

「いらっしゃ…、おお！A！」
熊さんがちょっと驚いて、でもすぐに嬉しそうに笑うのを見て、私もつられて笑顔になる。

「ごめんね、熊さん。なんか忙しくて」
「まぁ、亮に元気だっていうのは聞いてたたからな。」

吉沢くんが本当に常連になってる。
へんなこと熊さんに言ってないだろうな。

「Aもいろいろあるよな。ほんと昔っから不器用だからなぁ。」

と遠い目をして呟いた。

あいつ…絶対余計なこと言ってる！

今日は顔を見せに来ただけなんだ、また食べによるね！と熊さんに別れを告げて、そのまま家路へつく。

さすがにこんな不安定な体調でお酒を飲むわけにはいかない。そんなことしたら明日吉沢くんに何を言われるか…。

最近見え隠れする悪魔のような微笑みを思い出して背筋が寒くなった。

帰り道、ふと見上げると夜空には、まーるく浮かんでいる月。

静かに、でも美しく光る月を見ると、あの夜見た横顔を思い出す。ずっと避けて考えないようにすればするほど頭の中は中村さんでいっぱいになってた。

避けてた意味なかったな。結局頭から消えてくれないんだもん。

「あー…、会いたいなぁ」

無意識に気持ちが零れた。

ほら、やっぱり。
声を聞いたら、次は会いたくなる。
私は会いたくなってもいいのかな？
少しくらい期待しても…？

大体なんで私の番号知ってるんだろ？
熊さんに…、いや、熊さんは私の連絡先なんて知らないか。

カバンからスマホをとりだして、着信履歴を表示させる。

あの後、迷った挙げ句

「倫也さん」

と、登録した。

私の電話帳には別の中村さんがすでにいる。そしてフルネームで登録する勇気は私にはなかった。

もし！万が一！落としでもしたらと考えたら怖ろしくて血の気が引く。

国家機密とか握ってる人って、よく生活できるわ…。胃に穴あきそう。
え、また吐く。

重くなったスマホをぼんやり見つめていると手の中で突然震えだした。