【A3!】舞台から落ちたら演劇の世界にいました３【男主】

頑張れティボルト ページ29

｢A｣

名前を呼ばれ、俺は頷きながらシトロンさんの隣に立つ。

普段ならば、俺はあのまま真澄達の話の和に入るだろう。

だが。

｢……｣

こうして壁に背を預け、死んだ魚のような目をしているインチキエリートを見てしまえばそれどころではない。

(とてもこれから本番迎える顔じゃないな……)

当の本人は何か考え事でもしてるらしく、俺らが目の前に立っても何の反応も示さない。
おいおい、しっかりしてくれティボルト。

｢｢はぁ……｣｣

不意に俺とシトロンさんのため息が重なり、お互いに顔を見合わせる。

年下二人に心配される二十三歳。

そんな構図が妙におかしくて、俺らは二人して呆れたように笑った。
それからお互いに座る至さんの両サイドに回り込み、その両肩に左右から勢いよく体重を乗せる。

もちろん足には負担がかからないよう気をつけながら。

｢っ！？ちょ、重！｣

｢ったくもー、いつまでそうやって精神飛ばす気ですか｣

｢イタル帰ってくるネ！｣

悪い顔のままシトロンさんと一緒になって、片手ずつ至さんの頬をつまんで引っ張る。
うわ柔らか！流石ワガママボディは頬の質も違うな。

｢〜〜！離れろっ！｣

少ししたら離すつもりがあんまりにも手触りよくて。
続けていると、ついに痺れを切らした至さんによって俺達は肩を押し返された。

｢あ、帰ってきた｣

｢イタルが蘇ったヨ〜！｣

｢勝手に殺すな｣

怒られても尚反省せずにハイタッチをする俺達を見て、キレながらもため息を吐く至さん。

俺達も数秒前まで同じような事してたぞ。

流石に二度も怒らせる程子供ではない為、今度は三人仲良く向かい合って座る。

｢……それで、実際どうなんです？｣

｢……｣

言わずもがな足の話だ。
小声では話してるけど、この楽屋言うほど広くないし、監督さん達もいるしな。

｢多分、これが最後です。今ならまだ……｣

最も、至さんが出ないんじゃ舞台の方は上手くいかないだろう。

だが出るにしろ出ないにしろ、その決定権は本人にある。

｢イタル｣

シトロンさんも覚悟を決めたようで、静かに至さんを見つめる。
この中で一番歯痒いのは間違いなくシトロンさんだ。同じ役者な上に、これまで一緒に頑張ってきた訳だし。

俺としても不安はある。
……けど、不思議とそこまでじゃない。

その理由は多分、

｢問題ない。上手くやってみせる｣

ーーー出会ってからこれまでで一番、至さんが舞台と向き合おうとしているのが伝わってくるからだろう。

春組とヤクザ→←千秋楽当日

→ 目次へ｜作品を作る｜感想を書く
他の作品を探す