Prologue1* ページ1
ここ、桜町は前日の夕方から雨が降り続けていた。
普段は月が綺麗なこの町も、この日は厚い雲に空が覆われ、はっきりとその輪郭を捉えることができない。
町全体が眠りについた丑三つ時、今日のように月明かりすらもない日となれば、街灯の少ないこの街はあたり一面闇に包まれてしまう。天気が良ければ蛍が見られ、それはそれは幻想的なのだが、先に言った通り今夜は生憎の雨である。
人目のない桜町の夜更けに、一人の少女がバシャバシャと足下から大きな音を立てながら走っていた。
雨が降ればコンクリート化が進む地面には地下に吸収されることのなかった雨水が薄い膜のように張られ大きな水溜りを作るのは至って普通のことである。
だが、今の少女の足下に広がっているのはただの雨水____だけではなかった。
こんな夜分遅くに少女が1人外にいること自体、問いただしたいようなことだが、仮にいま少女にそれを問うタイミングがあったとしても、それどころではなかっただろう。
原因は地面を這うように広がる雨水のような____影にあった。形を成していない泥のようなそれは、意思を持っているかのように全て同じ方向へ列を作りながら、今まさに少女を捕まえんと追いつめていた。
迫り来る影から逃げなければ、と雨に気をやっている暇などないと自身の長い髪をぬらし、どこで脱げてしまったのだろうか、素足を傷だらけにしながらひたすらに彼女は走る。
まだ舗装されていない土が剥き出しの地面では、ぬかるんでいるせいで思うように走ることが出来ない。ああ、足が重たい。もっと早く走っているつもりなのに。今日に限って何故雨なのだろうかとお天道様に問いたい気持ちに駆られた。
「はぁ、っ……はっ…… 」
このままただ走り続けているだけでは、いつかはこの得体の知れない影に追いつかれてしまうだろう。
(早く、どこかに―― )
逃げ込める場所はないのかと、この町に土地勘のない少女は、息を切らしながら必死に当たりを見回す。
こんな夜にやっている店はない。入った先で獣に襲われてしまうかもしれないから山もだめ。
いっそ川に飛び込んでしまおうか____。
その時ふと目に飛び込んできたのはトンネルだった。
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作者名:すみ恋。 | 作成日時:2015年3月21日 13時