94話 ページ15
「お前何だその耳」
苦虫を噛み潰したような顔で自分の耳を指さしてくるイザナ。
ご命令通り迎えに来たのに会って最初にその顔はなくないか。
「翔奏に噛まれた」
「お前怪我すんの好きなの？生粋のドMに育てた覚えはねぇぞ」
「育てられた覚えも育った覚えもありませんが？」
何で世の人間は自分をドMと呼ぶ？やめろそんな誤認御免こうむるわ。
「何とかなったけど、本当に片耳取れる覚悟した」
「彼奴重……」
特大ブーメランだぞお前この野郎、とは言わないでおこう。傷が増える。
それに流石にもう包帯に巻かれたくない。包帯無駄遣い人間、なんてあだ名を付けられかねない。何それダサい。
そんなことを思案しながらひょこひょこと松葉杖でイザナの隣を歩く。
その横顔はいつもより殺気立っているというか、ピリピリしているというか、とにかく普段より気分がよくないのは感じ取れた。
「イザナ自分が迎えに来る前に誰かと会ってた？」
「マイキー」
久し振りに聞いた名前だ。
「マイキー君ってさ」
「あ？お前オレの前で彼奴の話しようとするとかいい度胸してんなァ？」
「こんな理不尽ってあんまりだ」
話題、話題を変えよう。何かいい話題は……──────。
──気になったなら大将に聞けよ。
脳裏をよぎったはいた兄の言葉。
「イザナ」
「何？」
「はいた兄達におつかい頼んだって聞いたんだけど」
「あぁ、伝言のことか」
「何て伝言頼んだか気になる。はいた兄に聞いたら直接イザナに聞けばって言われた」
そう伝えると大きい舌打ちが1つ。
「あ、言いたくなかったら別に言わなくても……イザナ？」
やがてイザナは此方を向き、射抜くようなアメシストの瞳で自分を見つめてきた。
蜂蜜やジャムが煮詰まったような、どろりとした甘い瞳。
「いざ」
な、と言う直前でネックレスを引っ張られさっきの翔奏と全く同じやり方で距離を縮められた。
どすんとイザナに体当たりする形で寄り掛かる。
「……いざな」
すり、と首筋に鼻を擦り寄せると脳天に殺傷能力の高い手刀が落とされた。
酷い。王の荒んだ心を少しでも和らげようと下僕なりに羞恥心を無理矢理抑えて頑張ったんだぜ。
いい匂い、と呟くと再度手刀が落とされた。激痛。
これは聞けないだろうかと諦めかけた時、イザナが口を開いた。
「Aはオレのモンだ。後からしゃしゃり出てきた奴に渡すつもりは毛頭ねぇ、って」
それだけだ。
イザナの少し震えた手が自分の頭を優しく撫でた。
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作者名：雨野夜都 | 作成日時：2021年11月28日 17時
