26 ページ26
.
交番に配属されて嫌なことはたくさんある。
その中で一番嫌と感じることは、喫煙スペースがないことだ。
ただでさえ三交代制の夜間勤務で身体を酷使されているせいか、署内では禁煙ブームだ。
「このままやめちゃおっかなあ」
そう言いながら、帰宅途中のAは煙草に火をつけた。
最近父親の古い車を譲り受けたらしい。
とはいえ萩原の父の整備で管理が行き届いている。
運転には何の不備もない。
少し煙草臭い背もたれに身体を預けて目を閉じる。
シフトが被る日はこうして彼女の車で寮まで送って貰うのが日常と化していた。
最初はAは嫌そうにしていたものの、今では当たり前のように松田の帰りを待っている。
(期待させんな)
この女に相手がいるという話は聞いたことはない。
共通の知り合いである萩原は自分達を目を細めて見るあたり、それは間違いないだろう。
自分の中で分かっているのだ。
多少なりとも、隣で運転する女に自分が興味を持っているのは。
そういう関係になることを誰も止めることはない。
止めているのは、自分の意地だ。
親友萩原を経て出会った、性別を超えたライバルなのだから。
「松田、もうすぐ着くから」
見慣れた車窓。
少しだけきゅっと締め付けられる心臓。
「明日非番だっけ」
「そうだよ。でも昨日今日の様子じゃ呼び出しはなさそうだね」
それでも、Aの時間を奪いたいと思ってしまう。
「明後日。
俺ん家…集合」
喋りながら、集合時間を打ち込んで送信する。
もう約束したと勝手に決めつけた。
Aはそれにびっくりした顔をしたものの、
「りょーかい。あとで好きな酒の名前とか送っといて」
事務的に言って、建物の前に駐車した。
Aの顔が見れなくて、逃げ出すように車から出る。
「じゃ、また明後日」
彼女は少し疲れた顔で、恥ずかしそうに手を上げ、すぐに発車させる。
小さくなっていく彼女の車を目で追いかけて、
(足踏みしてるってばれたら、ハギにドヤされんな)
ポケットの携帯電話に手を伸ばしていた。
.
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 86人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：Nattu | 作成日時：2024年2月20日 1時
