4話 ページ5
お兄様はとてもお強い方でした。行方不明の両親に代わり、幼いながらに赤子のわたくしを養い愛情を持って育てたのです。弱音も泣き言も一切言わず、見せず。
───本当にお強い方でした。あの方はわたくしの親でもあり、兄でもあるのですよ。
「すごいでしょう? わたくしはお兄様を心からお慕いしておりました」
そう語ると、淑子は目を閉じ、笑った。それに向かいに座る黒髪の男は、呆れたように笑い、真っ赤な西瓜へ手を伸ばし言う。
「そうだね。というか、その話はもう何百回と聞いたよ。君のお兄さんの奮闘記をさ」
冷やした西瓜はみずみずしく、それでいて甘さを失わず、とても優しい味を出した。その男の美味しいと語る顔を見ると、淑子はまた笑う。
「ふふふ。そうですね。あなたにはたくさんたくさんこの英雄伝を聞いていただきましたね」
「まったくだよ」
すると、突然淑子は寂しげな表情へと変わり、西瓜へと伸ばした手を引っ込めた。
「もう、十年ですか……」
「……そうだね、もう十年経った。君のお兄さんが家を出て行ってから」
兄が唐突に家を出て行って戻ってこなくなり、十年の月日が経った。淑子は19歳になり、兄は24歳になっている頃だろう。
「……でもどうして家を出て行ったんだろうね」
「ええ……夏祭りの夜、神社の階段を登ったところまでは覚えているのですが……」
実際のところ、家を出て行った理由はいまだわからない状況だった。朝起きた頃、腕の痛みに気がついた時には、兄はもうすでにおらず、ただ短刀が置かれているだけだった。
「あ、西瓜食べ終わりましたか……新しい西瓜を切ってきますね」
淑子が立ち上がると、皿の重なる音が鳴る。それと同時に風鈴が風に揺られ音が鳴った。それを聞いた異神 災一郎は不敵に笑う。
【神崎 淑子の日記】
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作者名:クレイジーnight | 作成日時:2019年5月21日 20時