虚月が浮かぶ【悲系/AN,AS】《完結》 (ページ7)

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- カロンに導かれた、その世界は -　*おまけページ7

『あれから、何十年も経った。そして、ボクはもう二度と……』

再び目が覚めたとき、彼は何時かと同じ暗闇を漂っていた。
この世界に見覚えがありそうで、でもやっぱり単なるデジャヴなのか。ふわふわと浮く無重力感がどこか懐かしい。

ただ、ひとつだけ。彼が自覚していることがある。
『自分は死んだ』と。
その事実は哀しいことの筈なのに、涙何て流れない。寧ろこのノスタルジアに似た空間に帰れたことが何故か嬉しかった。

(いこっか)

覚束無い足取りで、漆黒を歩き出した。
微かに記憶に残っている、あの人を探す為に。何処かあどけなさが残る、あの微笑みを探す為に。
そして、無表情に隠れた優しさを見つける為に。

彼は静かに、“現世と冥界の狭間”を歩み続けた。

そして見つけた。
刹那、記憶の片割れが溢れ出した。

水音を立てて近づく仄かな灯火。
懐かしくて、切なくて、ただ愛しくて。
脳裏に映る彼の、渡し守の、消えそうな笑顔が。彼の琴線を優しく撫でる。

「やっと逢えたね。今度はちゃんと渡し賃持ってきた？」
アノトキと同じ着流しを身に纏い、手を伸ばす。

「これで、いいんだよね？」

片手に握られたソレを渡し守に手渡した。
冷たくて、温もりがある小さな手が触れた。

「うん。それじゃ……逝きましょう。
冥界の守り人も待っています」

今度は彼が漕ぐ。渡し守はただただ、舟の尾に腰を下ろしているだけ。
行き先など知らないのに、何かに導かれる様に、彼は休むこと無く漕ぎ続けた。

そして。

仄かな灯火が、闇の遠く先にちらついた。
直ぐにそれが、冥界の守り人がいる場所だとわかった。つまり、狭間の終わり目。死の世界への入り口。

「ここでお別れです。さぁ、いきなさい」
渡し守に背を押され、彼はゆっくりと舟を降りた。

「……これで、本当にお別れだね」
死への恐怖は微塵も無い。だけど二度と現世へ戻れないと考えるとどうしても、足が動かない。

「……大丈夫ですよ。いつも隣にいますから」

舟を降りた渡し守は、動けない彼の背中をそっと押した。

「ここからは長い旅路になりますが、ずっと、私は隣で見守っています」
静かに微笑んだ。「さようなら」

ちゃぷんと音を立て、遠ざかってゆく舟。

何年後だろう？
また、再び逢えるのは……。

200年待たされてもいい。
何時か逢えるその日まで。

掠れた記憶を頼りに、彼は灯火へと歩んでいった。