虚月が浮かぶ【悲系/AN,AS】《完結》 (ページ3)

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「……何で？」

「人の死にいちいち同情していたらこの仕事は務まらないでしょ？
ボクも、今はトクベツ。
普段はここまで喋らない。ただただ感情を殺して冥界と現世を行き来するだけ」

儚げに笑う渡し守の後ろ姿は、とても小さく見えた。触れれば消えて終いそうな程に――。

感情の無い世界。
嬉しい、楽しい、苦しい、辛い、悲しい、憎たらしい……。
何も思わない。何も感じない。
笑うことも涙を流すことも無い。

ただ、与えられた仕事を無機質にこなすだけ――。

「でもよく考えてみて。
この死者は可哀想だから現世へ返す。
この人は憎いから今すぐ冥界へ連れて逝く。
そんなことが許される筈が無いでしょ？
だから、ボクも感情が有る代わりに、現世も冥界も行けないことになっているんだ」

「ほら、着いたよ」

彼が下ろされたのは、暗闇の中。
先程の場所と大して変わらない様に見える。

「ここから先、ボクは行けない。だから一人で歩いて」
「でもっ……」
「向こうに小さな灯りが見えるでしょ？
そこに冥界の守り人が居る。多分すぐ解る筈。
全部その人が任せていいよ。感情はほぼ無いけど、喋ることくらいは出来るから」

渡し守が指差す先、仄かな薄灯りがあった。

「じゃあね。ボクは他の彷徨っている死者を捜さないといけないから……」
「あっ……待って！」

離れていく小舟に彼は駆け出す。

「来ないで！君はまだ逝く人じゃない。
また逢えるから。何時か、必ず逢えるから。
だから、早くあの人の元へ行って」

舟はどんどん彼から遠ざかっていく。彼がいくら走っても追い付かない程に――。
やがて、舟の灯りは暗闇に解けて消えた。

ゆっくりと彼の足取りが止まった。
またあのときと同じ闇が広がっている。
その中にぽつりと見得る薄光。

(もう、冥界の守り人に会うしか帰る方法は無いんだ……)

彼は、ソレに向かって歩き出した。

＊

暫く歩き続け、ようやく灯りに照らされた人影が見えた。

真白(ましろ)のドレスの様な服を纏い、腕を後ろに組んで立っている。
ダークブラウンの髪には黄と白のメッシュが入っている。
渡し守が言った様に、やはり感情というモノは無いらしく酷く不愛想だった。
だが良く見れば顔立ちは整い、少しでも笑っていれば、所謂イケメンの部類に入ったであろう。

「あの、守り人さんですよね？」

恐る恐る声を掛ける。
初めはケルベロスみたく恐ろしい人と考えていた彼にとっては、今目の前にいる人はまだ優しそうに見えた。