虚月が浮かぶ【悲系/AN,AS】《完結》 (ページ1)

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彼の目の前に見えるのは、黒一色の暗闇。
上も下も、右も左も分からない。
そもそも今自分が立っているのか座っているのかすらも、彼は分かっていない。

……。

……。

暗い、無音の世界の中。

「誰かいないのー？」

小さく呟いたつもりだったのに、その声は何処までも響き、反響する。
もう一度、彼は同じ言葉を発した。
言葉は何度も重なり、不気味な不協和音を唱えた。

(俺、何でこんなところにいるんだろう？)
やけに意識ははっきりしている。
(明晰夢とかなのかな？)
だが、いくら思考を巡らしたところで、答えが見つかる湧(わ)けでも無くて。

結局彼は何も出来ずに、暗闇を漂っていた。
退屈しのぎに適当な言葉を発するが、返事など一向に返ってくる気配が無かった。

目を瞑るが上手く寝れず、頭は冴えたまま。

＊

こんな世界でずっと漂い続けたからか、彼はいい加減この状況に飽き、大声で叫んだ。
勿論、その意味の無い言葉に返事が来る筈が無いと思って発した。
しかし、反響するソレに全く別の声が重なった――。

「いたー！！まさかこんなところに漂っていた何て……」

男声とも女声とも解釈できる、中性的な声は確実にこちらに近付いてくる。
ソレに重なってちゃぷん、ちゃぷんと水が跳ねる音が聞こえてきた。

水音が近付くにつれ、遠くの方に今にも消えそうな微かな灯りが見えた。
暗闇に見つけた小さな輝きに、彼は頬を緩め、安堵の溜め息を吐き出した。

「よかった。無事に見つかった……」

声の主は彼と同じ様に頬を緩めていた。手には櫂を持ち小さな木舟に乗ってやって来る。
どうやら先程から聞こえる水音はこれが原因だったらしい。
一定のリズムを刻みながら近づく舟の灯りは、彼の数メートル先まで来た。

薄光に照らされた顔は何処か幼く、程よく着崩した淡い山吹色の着流しは小柄な男の子には少しばかり大きい。
なのに、その子は何処か大人びて見えた。

「君は……誰、なの？」

だが彼の質問に男の子は答えず、微笑んでいる。

「渡し賃は？
冥界へゆくには渡し賃が無いと逝けないよ？」
「冥界……？確か、死後の世界ってことだよね」
「そうだけど」

(つまり、俺は死んだってこと？)
ここは音も光も無い、漆黒の世界。夢でない限りこんな場所は現実に無い。

男の子の現実味の無い話に混乱している彼に、優しい声が続いた。

「ここは、所謂(いわゆる)三途の川みたいなところ。
厳密には違うけどね」