milk&honey -05 ページ5
うまく、話せなかった。
…………緊張して。
さっきからそのことばかり考えている。
なぜ、声を掛けてくれたのだろう。
それが最後まで聞けなかった。
連絡先を交換してしまったが、
わたしからは恐れ多くてできる気がしない。
塾に入ったばかりのわたしがひとりぽつんといたのを、気にしてくれたのだろうか。
ほんと、心臓にわるすぎる。
だけど、………うれしい。
………その幸せな時間は、このあと、急に壊される。
---
後ろから《A》と呼ばれて。
振り向くと、そこにはヤツが立っていた。
隣に並ぶわけでもなく。
わたしの後ろを歩いているだけ。
………なんなんだ。
きょうは両親が不在で。
こいつとふたりだけか、とすこしテンションが下がる。
マンションの鍵を取り出して開けた瞬間。
急に腕を掴まれたと思ったら、玄関まですごい速さで引きずられる。
『………ちょっとっ………』
家に入るなり、
壁をガンっと叩く音で、
わたしは身動きが取れなくなる。
身長を聞いたことはないが、
180センチ近くはあるであろう高身長の弟。
同居するようになってから、
まともに、目すら合わせたことがなかったのに。
こんな状況になって、やっと、弟の………由伸の。
目を見る。
というか、目を。そらせなかった。
『……………な、なに………っ』
精一杯の、つよがり。
本当は、足もがくがくして。
怖くて仕方がない。
『…………ソレ。
逆効果って自覚、あんの？』
『…………は……？』
『………まじで、ほんと。
よく無事だったね。いままで』
無事でもねーのか、とぽつりと言った後。
『…………あの男、好きなの？』
どこから見ていたのだろうか。
それで。さっき、声掛けるまで……黙ってついてきてた？
『…うるさ、………関係ないでしょ』
『あの男の前だと、おとなしかったくせに』
いちいち喧嘩売ってきて。
わたしを不機嫌にさせてるのは、そっちのくせに。
口を開こうとした、そのとき。
まるで、恋人つなぎのように指を絡ませられて、
びくりとする。
その触れ方が。
きょうの大谷くんを思い出させて。
混乱して、へんな声が出てしまった。
『…………へえ。結構、やるな。あいつ』
意味不明だ。何を言っているのかわからない。
『ハラ立つわ』
そう言った後。
繋がった手はするりと離されて。
家に上がる弟の後ろ姿を、
ただ見つめることだけしか、できなかった。
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作者名：345 | 作成日時：2024年2月6日 22時
