. ページ45
.
背後でごそごそと音がする。
「…ない」
探しているのは、ヘッドボードにかかっている紺のパジャマだろうか。
取って、背を向けたまま手を伸ばしそれを渡す。手の内からその重みが消えると同時に、「あった」と先生は呟いた。
どうしたもんだろう。この状況。
しばらく待って、もういいかなと思うくらいに待って、振り向いた。
上も下も一人で着れていたけれど前開きのボタンに手こずっている。
「……貸して」
正面にしゃがんで、サテンの生地に手をかけた。目線の先、一番下から一つずつ留めていく。
見上げると、ぼーっと俺の指の動きを目で追っていて。
美人なのに、大人の女性なのに、何だか小さな女の子みたいだった。
けれど当たり前に、本当に小さな女の子なわけではない。かけるボタンが上へいくにつれ、自分の目線も手元も、その布の下の体の線を沿う。
鎖骨。
白い喉元。
それまではほとんど心配に思う気持ちばかりだったのがちょっとこれは本当に、どうしたものかと思った。
唾を呑む。深く息をする。素数を数える。
自分の中での静かな戦いを終えて、今度こそ、帰る。
帰るけれど、一応確認のため「もう大丈夫ですか」と声をかけた。
「寝れますか？」
そう問いかけると、先生は何も言わず俺を見つめた。
何となく、その時初めて、この人の瞳に自分が映った気がした。それまではすぐ目の前にいても瞼を閉じていたり、視点がぼんやりしている感じがあったのだ。
けれどそんなことを思った矢先、突として自分の視界が暗く覆われた。
「見ないで」
冷たい掌が顔に触れる。
先生の手で、俺の目の前が塞がれていた。
「…どうして、」
尋ねる。
何か、気に障ることをしただろうか。パジャマのボタンを留める間に浮かんだ邪な気持ちが、伝わってしまっていただとか。
けれどそれはちがった。
「……怖い、あなた、…綺麗だから」
怯えた声。
聞き覚えのある言葉だった。
「何を…、怖いって」
「私、醜いから、」
掌が離れたと思えば、
今度はそれで自分の顔を覆い隠して先生は言った。
.
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 1909人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
よぴ(プロフ) - パスワード教えていただきたいです（ ; ; ） (2022年1月17日 19時) (
レス) id: 5c59f9ee59 (このIDを非表示/違反報告)
いち - パスワード教えてください⁉️ (2021年9月28日 13時) (レス) id: 358f9d64ec (このIDを非表示/違反報告)
さな(プロフ) - こむぎさんの作品いつも楽しく読ませていただいています。この作品を最初から読みたいのですがパスワードを教えていただくことはできますか？ (2021年5月5日 2時) (レス) id: 3b72a96203 (このIDを非表示/違反報告)
りの(プロフ) - どの作品も大好きです！いつもキュンキュンしながら読ませて頂いています。これからも楽しみにしています。 (2020年5月3日 21時) (レス) id: e6fd1d12b5 (このIDを非表示/違反報告)
陽依(プロフ) - 切なくて切なくて、涙が出てきました。このお話大好きです。これからも楽しみにしています。 (2020年5月3日 19時) (レス) id: 5f72745e3d (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：こむぎ
| 作成日時：2019年7月21日 14時
