. ページ42
.
そうして、好きでも嫌いでもなかったピアノを無性に弾きたくなった理由が分かった。
俺はきっと、あの時の姉さんの顔が見たかったんだ。
あの時みたいにまた、姉さんのためにピアノが弾きたかったんだ。
姉さんのために何にもしてやれなかった自分に唯一できたこと。
ただただ一秒でも長く心地いいと思ってくれればいいなって、それだけを願って弾いていたもの。
もう聴かせることのできない旋律。
投げ出された足、膝の上に自分の着ていたブレザーのジャケットをかける。
正面向かいに座って、その平和な寝顔を見ていた。いつまでもずっと、ただ、見ていた。
何だか嬉しいような気がした。目の前のこの人が今、こんな顔をしてくれていることが。
言葉にできないけれど、自分でも、よく分からないけれど。
「、わ！！！」
休み時間の終わりを知らせるチャイムとともに、先生が飛び起きる。
「ん！？あ…！？」
「……」
「あ、ありがとうございました、ピアノも…！あの、これも！」
忙しなく立ち上がり、ジャケットを俺に返して頭を下げると風のように音楽室を出て行く。一人そこに残されたまま、本当、どんな先生なんだろうと思う。
けれど不思議と胸の内が晴れやかだった。
説明のつかない、例えようのない、温かな何かがそこに灯っていた。
その日はいつもよりも眠れた。
いつかまた聴きに来てくれないだろうかと、そんなことを思うようになった。思いながら第三音楽室でピアノを弾き続けた。
あの人はどうして、何に苦しんでいたんだろう。
ピアノを弾きながら考えるのは次第に、先生のことが多くなっていった。
.
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 1909人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
よぴ(プロフ) - パスワード教えていただきたいです（ ; ; ） (2022年1月17日 19時) (
レス) id: 5c59f9ee59 (このIDを非表示/違反報告)
いち - パスワード教えてください⁉️ (2021年9月28日 13時) (レス) id: 358f9d64ec (このIDを非表示/違反報告)
さな(プロフ) - こむぎさんの作品いつも楽しく読ませていただいています。この作品を最初から読みたいのですがパスワードを教えていただくことはできますか？ (2021年5月5日 2時) (レス) id: 3b72a96203 (このIDを非表示/違反報告)
りの(プロフ) - どの作品も大好きです！いつもキュンキュンしながら読ませて頂いています。これからも楽しみにしています。 (2020年5月3日 21時) (レス) id: e6fd1d12b5 (このIDを非表示/違反報告)
陽依(プロフ) - 切なくて切なくて、涙が出てきました。このお話大好きです。これからも楽しみにしています。 (2020年5月3日 19時) (レス) id: 5f72745e3d (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：こむぎ
| 作成日時：2019年7月21日 14時
