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隣で俺が先生と話をしている間も、Aは仏頂面でひたすら鍋の中身をかき混ぜていた。シチューのいい匂いが鼻腔を擽るけれど、食べる前に先に話をしようと言う。Aは返事のひとつもせずに、恐らくもうとっくに出来上がっているはずのそれをただかき混ぜ続けていた。IHを消して、無理やり抱えてリビングに連れて行く。
「先に手出したのはお前なんだろ?」
「……」
「おい、」
「…私悪くない」
「悪くないことあるか」
「……悪くないもん」
気性の荒い子では決してない。どちらかと言えば穏やかな方だ。これまで友達と大きな揉めごとを起こしたこともないし、ましてや男の子相手に手の出る喧嘩なんて何かの間違いじゃないかと思うほどだ。
けれど、普段からわりと頑固なところはある。だからこうしてAが自分に非がないと断言している以上、なかなか引くつもりはないんだろうということも分かる。
「どんな事情があっても最初に手を出す方が一番悪い」
「……」
「なぁ、でもさ、それがいつものAならしないようなことだって、何かあったんだってことは俺分かるから、」
「……」
「だから何があったのかちゃんと話してよ」
下唇を噛んで、小さく震えていた。何かとても悔しい思いをしたのだということはそれだけで十分に伝わる。だんまりを決め込んでいたAに、今度はできるだけ優しく「なぁ」とそう声をかける。ややあって観念したのか、ヒロト君が、と口を開いた。
「……ヒロト君が、かっこわるいっていうから」
「ん?」
話し始めるもその声があまりに小さくか細いものだから、体ごと近くに寄せて耳を傾けた。
「…まいちゃんたちがね、教室で、優太くんたちの話してたの」
「ほお」
「優太くんたちの載ってる雑誌見ながら、かっこいいねって」
「うん」
「私、そういう話、いつも聞いてるだけで中には入らないけど、嬉しいの」
「…うん?」
「でもそれをヒロト君がやってきて、かっこわるいって言うから。…アイドルなんて女にこびててださい、かっこわるいって…、っ、いうから」
言いながら、段々と声に涙が滲んでいく。伏せたその目から大きな粒がぼろっと零れて落ちた。
「…、かっこいいのに、」
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りんこ(プロフ) - いつも楽しく読ませて頂いています!これからも楽しみにしています。 (2019年9月30日 0時) (レス) id: 2bc4477fb2 (このIDを非表示/違反報告)
ななみ(プロフ) - 急といえば急だけど、当然といえば当然な感情な感じです。だって、岸君がずっと側で、愛情たっぷりで、まっすぐで…思春期な女子じゃなくても…なりますよね。益々目が離せません!更新楽しみにお待ちしています。 (2019年9月18日 21時) (レス) id: 6b92244ddf (このIDを非表示/違反報告)
ゆっちゃん(プロフ) - 優太くん目線で楽しませて頂いています。2人が幸せになれる事を祈っています。更新頑張ってください。 (2019年9月16日 22時) (レス) id: 8464dfffe9 (このIDを非表示/違反報告)
みづきてぃー(プロフ) - このシリーズ大好きです!!たまに出てくるじんくんも好きです(笑)もどかしくて、キュンキュンする!続きが楽しみです! (2019年8月16日 2時) (レス) id: 3752f8da94 (このIDを非表示/違反報告)
すばる - すごく好きな展開です!表現力がありお話の雰囲気に一気に引き込まれました。この先二人がどうなっていくのかとても楽しみです。 (2019年8月13日 17時) (レス) id: 62d9628bcb (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:こむぎ | 作成日時:2019年7月16日 18時