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それが、楽屋に戻ってみれば気が緩んだらしい。
お世辞にも強いとは言えない俺の涙腺も緩んだようで、ほろっと一滴流れてくるものがあった。そこをAに見られていたようだ。ひろくん、と呼ぶ声には密やかに笑みを含んでいる。
「……なきむし」
「うるさい」
「うれしいね」
「うん」
Aは秘密を打ち明けるように、声を潜めた。みんなにはないしょにしててね？ ひろくん。
「あのね、わたしもね。さっきちょっぴりだけど泣いちゃったんだ。おそろいだね」
ふふ、と笑うとうれしいよね、と繰り返す。Aの顔をよく見たら、ほんのりと目元が赤いかもしれない。
「ステージの上？」
「ううん。あそこはしあわせな人しかいない空間じゃない？ そこでは笑ってたいなって思ったから」
「いいね、その考え方」
「ありがと。——ま、どうしても人前で泣けないタイプってのもあるんだけど」
知ってる、と返しながら俺は考える。
Aは、人前では泣かないし、泣けない。
じゃあ、そんな彼女が泣くのは、いつも独りぼっちの時なのだろうか。きっと今回も、喜びの涙とはいえ誰もいないところで泣いていた。
それは、俺にはとても哀しいことに思えて仕方ない。
「ねえA」
「なあに？」
「独りぼっちで泣かないって約束して」
「ひろくん？」
「俺が隠すから。——誰も知らないところで独りで泣かないで」
言い募る俺を見て、Aは大きく目を見開いた。
「……ひろくんは、やさしいね」
そっと目元に手をやる。指先には濡れた感覚はない。Aは泣き笑うような表情を一瞬浮かべ、目を伏せて頬を寄せてきた。
「ただのエゴだよ」
「ううん。ひろくんはやさしいよ。……なきむしだけどね」
「それ言うなよ」
猫が喉を鳴らすような笑い声をさせて、彼女は俺の手に頬を擦り寄せる。それは涙を拭うような仕草にも見えて、泣き虫の俺は潤む目がばれないように細心の注意を払っている。
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作者名：co | 作成日時：2023年11月28日 1時
