やさしい気持ち ページ8
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泣けない女だ。
どんなに悔しくても、苦しくても、人前では決してAは泣かない。傍から見ている身としてはそれが時にもどかしく、哀しい。一方の俺はというと自他共に認める泣き虫である。無理に感情を抑えることをしていないのもあるが、我ながらちょっとだけ涙腺は弱いように思う。
そんなAは、ただの一度だけ、人の見ているところで泣いた。
デビューが決まったあの瞬間。
それまでのいろいろが甦ったのだろうか、感極まって流した一粒のしずく、その後颯爽と微笑んで立つ姿。それがあまりにも綺麗で、俺は今でも忘れられないのだった。
「ひろくん、」
涼やかな声が呼びかける。ライブ終わり、皆それぞれ余韻の中で過ごしていて、こちらを気にかけているのは誰もいなかった。すっと目元に手を伸ばされる。そして、その手の持ち主はひっそりとくすくす笑ってから囁いた。
「……なきむし」
「うるさい」
頬に触れた細く嫋やかな指はやさしい。涙のしずくが通った後をなぞるその手を捕まえて握りしめる。Aもぎゅっと軽く握り返しきて、それからどちらからともなく手を離した。
ドームでの追加公演の発表の瞬間、会場は一気に爆発するような熱気を帯びた。その中心に立つ俺たち自身は、自分の中から湧き上がる感情とMINIのみんなから押し寄せるパワーでもみくちゃになっていた。喜びで泣き崩れるメンバー、噛み締めるような顔をして立ち尽くしているメンバー……十二人が十二通り様々な反応をして発表を受け止めていた。そんな中、横目で伺った彼女は端正な顔にいっぱいの笑みを浮かべていた。
視線に気付いたのか、目が合う。Aは形の良いくちびるだけ動かして、しあわせ、と伝えてきたのでこちらも頷いて応える。
ちなみに泣き虫なはずの俺はというと、来年にはドームで公演できるという事実に驚いたのと、隣のたじが縋るようにシャツを握りしめてくっついていたのをポンポンと背中を叩いて宥めていたのとで、自分の涙は忘れていた。
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作者名：co | 作成日時：2023年11月28日 1時
