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君を誘ったのは、偶然でもなんでもなかった。
こう言ったら、まるで魔性の女のように思われてしまうだろうか。
「お願い、一緒に帰ってください」
同じ中学校で、同じ塾の同級生にかけるには他人行儀だったかもしれない。それでも、帰るならこの人と、断られたくない、と精一杯の願いをこめて頼んだ。
願いが通じたのか、嫌な顔ひとつせずに了承してくれて、本当にいいの、と聞き返したくなった。「やっぱやーめた」と言われるのが怖くて何も聞けなかったけど。
二人、暗い道を自転車を押して歩く。
肌にまとわりつく、何者かに触れられているような生暖かさ。避けるように羽織ったカーディガンは、着ているサマードレスとのコントラストで白く氷のように明るんでいた。
何を話そうか、せっかく一緒に帰れるっていうのに、何も話題がない。暗いね、と間を持たせてくれた君の言葉にも、曖昧にしか返せなかった。
ずーん、と沈んだような顔で歩いているから、テストの結果が芳しくなかったのかも。
随分長い間、見ていたのかな。はっ、目があった時には慌てて逸らされてしまって、足を速めて行ってしまう。置いていかれちゃうかな、と思ったらまた横に来てくれる。車の音が、君に遮られ、少しくぐもって聞こえた。
この気持ちは、なんて合唱曲にでも出てきそうなフレーズが浮かぶ。だめだめ、と首を振った。勘違いしないでよ自分。なんとも思われてないのに、勝手な想像しちゃだめじゃん。
思考を振り払うように、勝手に一人喋りはじめる。得意の英語で、クラスの誰よりもミスが少なかったこと。どうしても理科が、特に化学が苦手なこと。
同意を求めたら、素っ頓狂な声を上げてこっちを見た。聞いてなかったのかな、いつも冷静な君の、珍しく慌てた姿が見られただけでも大満足だ。
話を続けようとしたら、それだけど、と遮られた。
「よかったら理科、教えようか?」
「え……?」
なんだ、聞いてたんじゃん。浮かんだ言葉よりも、よくわからない、鈍い衝撃が胸に走る。
反射的に、叫んでいた。
「嬉しい! 本当に教えてくれるの?」
断定させたいのは、私のクセなのかも。後悔よりも、嬉しさのほうが勝っていた。今夜が、今の時間が、またやってくる、という期待。
他の子にも言ってるのかな、って疑いも、ガツガツしてるかなっていう後悔も、澄んだ気持ちが混ざって、複雑な色になっていく。
夏が明けたら、また会おう。混ざり合う私の心みたいな、濃藍色の制服を着て。
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