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夏祭りを明日に控えて、私はとうとう君の前で涙をこぼした。

決意は固かったのに、綻びが生じてからはあっという間だった。歯止めなど効かない。決壊した心が泣いた。

透明の涙が君の服に染みて薄浅葱色に変わる。大粒のそれがどんどん君の袖を濡らした。それくらい私の心の痛みに比べたら、どうってことないでしょう、と構わず涙を落とす。

「私を見てよ……」

嗚咽が邪魔をするなか、ぽつりと零した切な思いが、何かを起こしたらしい。世間は、これを奇跡と呼んだ。

ぴくり、と握りしめて離さなかった君の手が、指先が、微かに動いた。私の手を握り返すように、小さく、赤子のように力強く。

呼吸器の下、君の薄い唇が弧を描くのを見た。私はいっぱいに見開いた、大粒の涙を溜めた目で、君の表情を見つめた。

「見、た」

ゆっくりと薄く開かれた目が、懐かしい色をしていた。すでに泣き疲れた顔の私が君の瞳に映っていた。掠れた声だった。

約束の日の6時間前、私は君と本当の意味で出会った。虚ろな目をした君の隣で、慌ててナースコールをして、その後はよく覚えていない。

君が目を覚ましたことを、医者はみな謎だ、奇跡だ、と口を揃え、家族は泣いて喜んだ。私は診察に移った君を見送って、その日は病院を後にした。

その夜、君の家族から電話があって、「約束の花火は、病院の屋上から見よう」と伝えて欲しいと息子から言われた、と告げられた。私は慌てて浴衣を用意して、目が腫れないように冷やしてから眠った。

その日の夢は、去年の夏祭りではなかった。

「ごめんね、こんなところからで」
「ううん、約束守ってくれてありがと」

夏祭り当日、浴衣を着た私は見慣れた病室の扉をノックした。君はやはりいつもと同じあの服だったけれど、「入院服ってわりと甚平みたいじゃない?」と君はおどけてみせた。

お昼ご飯を君の家族と君と一緒に食べた。そのご飯は病院食ではなくて、君のお母さんが作った君の好物ばかりが並んだ。ハンバーグに唐揚げにオムライス、カレーライスまであった。

「やっぱり母さんのご飯はおいしいね」

まるで1週間分のメイン料理なのに、君はどれも平らげてみせた。君のお母さんは「よかった」とだけ言って、何も食べないで君の食べる姿を見つめていた。

私はその様子を見ながら、分けてもらったカレーライスをスプーンですくったのだった。

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作者名:8人の小説家 x他6人 | 作者ホームページ:なし  
作成日時:2018年6月3日 18時

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