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その短い時間は、何故か酷く長く感じられた。クリームの味も、コーヒーの味もわからないくらい、彼は緊張していたのである。
過去に戻ったら何を話そうか。あの時の自分は何が出来るだろうか、勇気を出せるのか、その後は一体……
Aが時計を手に戻った時には、彼は異様に良い姿勢で皿とカップを空にし、彼女を待っていたのである。
「あらあら、そんなに緊張しなくても大丈夫よ」
「は、はいっ」
「さ、どうぞ」
針の止まった時計が、アキラに渡った。
今の、この時間も止まってしまっているかのような。不思議な静寂を秘めた時計は、自分のものではないみたいだった。
「ありがとうございます、それとご馳走様でした」
「ふふ、満足いただけたかしら。またご縁があったら来てちょうだい」
「え? はい、また来ますよ。友達連れて……」
「ごめんなさいね、貴方に「また」はないのよ。稀に記憶を取り戻すお客様もいらっしゃるけれど……」
同じ未来は訪れない。即ち、過去を変えてしまえばこの喫茶店のことも彼女のことも、絶品のシュークリームも。何もかも、自分は忘れてしまう。
その事を理解するまで、彼には数分の時間が必要だった。
「いえ、また来ます。美味いシュークリーム食べに、また」
「そうなってくれたら嬉しいわ。さ、もう夜も近づいてきたことだし。早く帰った方が良いわよ」
彼女に促され、彼は『クロック』を後にした。
一度だけ振り向いたその先では、彼女がまだ笑っていた。また来たい、と言葉を噛み締め彼は先を行く。
そうして、しばらく離れたところで。ようやく彼は足を止めた。彼の脳裏には、あの夏の日の夕方が既に浮かんでいた。
(……大丈夫、怖くない。俺が伝えるのは一つだけだ)
あの日の笑顔を思い出して。アキラは、螺子を押し込み時計を動かした。
秒針が小さくかちりと、音を響かせた。
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幻想曲(プロフ) - 神の子依存症@鈴歌さん» ありがとうございます!表現の仕方については私もこの作品を作る上で気をつけている点なのでそう言っていただけて嬉しいです!頑張ります! (2019年4月5日 16時) (レス) id: 530eb924bf (このIDを非表示/違反報告)
神の子依存症@鈴歌 - 初コメ失礼します。情景が浮かぶような、風景画みたいな表現のしかたと不思議な切ない話に惹かれて前作から読みました。更新楽しみにしています。無理しない位で頑張って下さい (2019年4月5日 15時) (レス) id: af6ad853e4 (このIDを非表示/違反報告)
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