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「どうかした？」
「え？あ、いや……なんでもない」
――今起こったことは幻だったのだろうか。
オレは先程感じ取った雰囲気など微塵も感じない月城さんを見つめ、そう考える。
今ある事実、それは月城さんが灰原に行動を起こしたことだけだ。
いつもなら、特に今置かれた状況ならば、灰原はオレに隠れ、警戒するはず。
だが、隣の灰原は、オレと同様に目を見開いたまま月城さんを見つめ続けている。
もしかして……と思ったオレは、「お前、やっぱこの人のこと知ってるんじゃねえか？」と訊いた。
しかし灰原は、
「……いいえ、彼と会うのは今日が初めてよ」
と、そう平然と言いのけた。
第六感のある灰原なら、今の月城さんに対して一言何か言ってくると思ったのだが、それも特にない。
ならば、本格的にオレが感じ取ったものは幻だったのだろうか。
まさか、「今のは何ですか？」と訊くわけにもいかないオレは、不思議な体験をしたものだと、今起きた事をそう解釈した。
パッとオレの袖を離した灰原は、月城さんが梓さんに呼ばれ、裏に引っ込む様子をただじっと見つめていた。
オレは今も幻を見続けているのか、灰原の口元が緩んだ気がした。
◆◇◆・◆◇◆・◆◇◆
「それじゃー、お兄さんまたねー！」
「またお待ちしております」
ひとときのお茶を終え、オレたちはポアロを後にする。
当初あった予定も今日はナシになってしまったが、月城さんに向かって手を振るこいつらは皆満足している様子だから良かったと言えるだろう。
「なあ灰原」
「なに？」
前を歩く灰原にオレは尋ねる。
振り返った灰原のその顔に、ポアロに入る前に見せた恐怖は一つも見られなかった。
「お前、良いのかよ。気を付けろって言っておいて、お前だってあの人のこと警戒しなくなってたじゃねえか」
月城さんとの自己紹介後、灰原は口数こそ少ないものの、いつも通りの態度でオレたちと話しはじめた。もちろんそれは、近くに月城さんが居ようが居まいがおかまいなしに。
「……そうね。あの人には気を付けた方が良いわよ」
「え、じゃあ何でお前――」
言動と行動の矛盾にオレはおかしいと異議を唱える。
しかし灰原は、あなたにはわからないだろうけど、という風に話した。
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