誰より愛しい宝物４ ページ1
朝食を食べ終えると、看護師さんが膳を下げに部屋へ入ってきた。
お盆の上の皿を見て看護師さんが微笑む。
「今日は気分が良さそうですね」
「はい、幾分かいつもより良いです。ペーストにしてもらえたから食べやすかったのかも…」
昨日まではまったく喉を通らなかった食事も、今日はすべてのおかずを一口ずつ食べることができた。
噛む力すら失いつつある体にとって
飲み込むだけで済む食事は体力を削らずに済む。
「良かった…今後もそうしますね」
「お願いします。…あの…」
「どうされました？」
「今日は…お天気がとっても良くて空気も気持ちよさそうだから外へ行きたいんですけど…いいですか？」
「ええ。大丈夫ですよ。車椅子持ってきますね」
看護師さんが病室を出て行くと外の景色を眺めた。
雲ひとつない空の下、紺碧の海に白い砂浜が映え、燦々と降り注ぐ太陽の光が波を煌めかせている美しい眺めは、見るたびに新しい感動を与えてくれる。
初めてこのホスピスを訪ねたとき、この景色の中で最期の時を迎えたいと思ったのは間違いじゃなかった。
耐え難い痛みの中にあっても、
絶え間なく聞こえる波の音が心を落ち着かせてくれた。
「お待たせしました」
看護師さんに介助されて車椅子に座ると、景色が動き出す。
何日もベッドの上から動けなかったから、廊下を見ることすら新鮮に感じる。
外へ出ると、湿り気が混じった潮の匂いに一気に包まれた。
深呼吸をして体の中へ空気を取り込むと、体に染み込んでいた病室の空気がリセットされたような気分になる。
このまま体の中に巣食う悪魔も消え去ってくれたらいいのに、なんて
決して叶わない願いが唐突に浮かんできて、爽やかな気分に水を差す。
「身体に障るといけないので、少ししたら戻りましょうね」
車椅子を押しながら看護師さんが言った。
「はい。…じゃあ…」
「じゃあ？」
「ポストに行ってもいいですか？」
「ポスト？お手紙出されるんです？」
「…はい」
今朝早く目覚めてすぐに書いた手紙。
何も言わずに置いてきたくせに、こんなことする権利ないのかもしれない。
こんなことしない方があの子の人生にとってプラスになるのかもしれない。
でも書きたかった。
体動くうちに、思いを形にできるうちに、書いておきたかった。
誰かに託さず、自分の手でポストに投函したかった。
…もう二度と、外に出ることはできないだろうから。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 893人がお気に入り
お気に入り作者に追加
この作品を見ている人にオススメ
この作品を見ている人にオススメ
「平野紫耀」関連の作品
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
hana(プロフ) - 更新ありがとうごさいます。また、この作品がみれてうれしいです。ありがとうございましたm(__)m (2021年4月19日 21時) (
レス) id: 128551f8b3 (このIDを非表示/違反報告)
krmnc174(プロフ) - 更新ありがとうございます。久しぶりに3人に会えて嬉しかったです。 (2021年4月19日 20時) (レス) id: 63fbc1baf5 (このIDを非表示/違反報告)
ao11miyu57(プロフ) - すてきな作品ありがとうございますm(__)m今まで色んな作品をみたけどダントツでこの作品が一位です＼(^^)／何度読んでも最高です！またすてきな作品楽しみにしてます☆たのしませてくれてありがとうございますm(__)m (2021年4月19日 20時) (レス) id: ad99cccc30 (このIDを非表示/違反報告)
ちぃ(プロフ) - セナさん» このお話しがとても大好きで、何度も読み返し何度も泣きました。また番外編的な感じで幸せに過ごしている結婚後のお話しやちょっとハラハラするお話しをぜひお願いまします！またぜひお話し読みたいです (2021年4月19日 18時) (レス) id: d72864bbe9 (このIDを非表示/違反報告)
おだちゃん(プロフ) - このお話とても大好きな作品なので、その後の3人に会えて嬉しいです！これからも紫耀くんのパパっぷりが読みたいです！更新ありがとうございました。 (2021年4月19日 16時) (レス) id: ab51813c38 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：ピナパル
| 作成日時：2019年9月30日 21時
