シガレット・シルエット【及川徹】

9.さよなら大好きだった人 ページ28

お互い基本土日が休みな私たちは休日も被りやすく、予定を立てやすい。とにかく二人で会いたい気持ちが強かっただけで場所はどこでも良かったのだが、私がとっさに挙げた水族館に行くことが決まった。

仕事終わりにネイルサロンに行ったり、美容院に行って髪を切って染めなおしたり、前回のデートよりも、何日も前から気合が入りまくっている私。冷静になると、いい歳して張り切って何やってんだと恥ずかしくなるけれど、好きな人に会うときはいつだってとびきりお洒落をしたいのは、幾つになっても変わらない。



ついに当日になり、その日の朝の私は大忙し。

朝シャンなんかしちゃって、メイクもいつもより入念に。誕生日プレゼントで友達から貰ったまま使いどころがなかった偏光パールのアイシャドウを派手にならないように瞼に乗せたり、ロングマスカラをたっぷりつけて、上向きカールのまつげを作ったり。悔しいことに何もしていない徹のまつげの方が長いため、それに負けないように頑張った。

不器用なくせに編み込んだハーフアップにチャレンジしたあと、オフホワイトのコットンフレアスカートを何度も鏡の前でくるくる回りながら確認する。

そうして、早く準備しすぎて空いてしまった時間を潰していた。

そんなときに、スマートフォンが、設定している木琴のような着信音を部屋に響かせる。徹かと思い、テーブルの上に置いたスマートフォンを手に取り、通話ボタンを何のためらいもなく押す。しかしネイルをするためにいつもよりも伸ばした爪の先でタップしたらしく、通話状態になっていなかった。端末をしっかり持って、人さし指で再度押そうとしたとき、ようやく相手の名前が目に入り、手が止まる。


「は……？何で」


表示されていた名前は徹ではなく、元彼の名前だった。なんで今更、と思い手が震える。タップミスがなければ心の準備もなく出てしまうところだった。

このまま無視してしまいたい。そう思いテーブルに伏せ置くが、何コール経っても止むことのない着信音。軽やかで明るい着信音のはずなのに、今はやけに速く聞こえて、それが私を急かすかのよう。

このままでは後の徹とのデートに余計な気持ちを持ち込んでしまうかもしれない。そんなことをしたくないため、通話ボタンを押す。

今だけはけたたましく聞こえる木琴の音がようやく止まった。

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