【名探偵コナン】 瘡蓋を剥がすな

28.一枚上手 ページ31

話をよく聞いてみれば、
二週間の休暇というものの、
在宅での仕事もあるらしく、私が仕事に行っている間
そちらに専念するということだった。

「やっぱり忙しいんだね」

「だがそちらの仕事は早く片付ける。
どこか行きたいところはあるか？ 期間は、そうだな。
二泊三日くらいか」

「零くんこそ行きたいところないの？
ほら、普段仕事頑張ってるみたいだし」

「俺はお前がいればどこでもいい」

危うく箸に乗ったチキン南蛮が滑りかけたが、
急いで口に運んだ。
そうだ。
降谷零という男はこうして歯の浮くような台詞を
何事もないように吐くことがある。
免疫のない私はその度にカッ、と耳に熱が集まるのだ。

「……そういうとこ」

もぐもぐ口を動かして少し睨めば、知ってか知らずか
彼は端正な顔を笑顔に変えた。

「そうだ。温泉とかどう？ 日々の疲れを癒しに」

「お、いいな。乗った」

「温泉といえば別府、草津、下呂なんかが有名だっけ。
都会の喧騒を離れた静かな自然の中の温泉もいいけど、温泉街とか散策するのも楽しいんだよね」

頭の中を想像が駆けた。なんだかんだ、零くんと過ごす初めての休日を楽しみにしているらしい。
お互いに明日の夜までに候補を挙げようという話に落ち着き、晩ご飯もちょうど食べ終えた。

「ねえ、零くん」

テーブルに肘を突き、皿を重ねる零くんを見つめる。
彼の綺麗な碧い瞳に反射して私が映っているのが見えた。
私はそのまま思い切り笑って、

「楽しみだね！」

三秒の無言。

腕を解いて、皿を重ねて立ち上がる。
ガタ、という音と共に暫く止まっていた零くんが
呪いが解けたように動き出した。

「お前なあ！！」

「へへ、仕返し」

零くんが私の笑顔に弱いことにはいい加減気付いている。
してやったり。
あの零くんを一瞬でも出し抜けたことに優越感を抱いて、悪戯な笑みに変わっていく。

洗い場へ向かう足取りがリズムを取り始めたところで、
急にトン、と音がしてお腹に彼の手が回った。
後ろから片手で抱き込められた状態だと認識した瞬間、
耳元で息がかかった。

「皿洗いくらいやらせてくれ」

今度は足から熱が上がってきた。
全身が熱い。呆けている間に私のお皿も取られて、
前に彼の背中があった。

何皿も重ねた食器を両手に乗せてもバランスが崩れない
そのテクニックは、例の喫茶店で身につけたのだろうか。

今日も私の負けだった。

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