クリスマスの一夜城【特撮短編集】 (ページ41)

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3曲目に入る頃でした。ピアノを囲むように出来た人の壁から、私に近づいてきた同年代くらいの男性。演奏は続けながらよく見れば、バイオリンでしょうか。ケースを持っていますね。

てっきり声を掛けられるのかと思ったのですが、男性はバイオリンを取り出して、パチリと私にウインク。あぁ、これはつまり……セッション、ですね。

男性はバイオリンを構えると、私を見て笑顔でタイミングを伺ってるようです。そしてこの曲のサビが来た時に、弦が震えだしました。

上手い。いいえ、そんな陳腐な言葉で表せられません。
リズムの取り方も、メロディーの奏で方も、強弱の付け方も。レベルが高すぎます。天才、と言っても過言が無いほどです。

響きあい、絡め合う旋律。時に小さく時に大きく、思わず笑顔になってしまうほどに楽しく素晴らしい演奏です。あぁ、やっぱり音楽っていいですね。久しぶりに人とセッションしましたけど、楽しいですね。楽しいです。

寒さも吹き飛ばすような、良い演奏です。

「お嬢さん、上手いな。プロか？」

拍手の中、手を引いて私を連れ出した男性は、人通りの少ない地下通路まで来るとそう尋ねられました。

「いいえ。一応音大でしたけど、就職は普通の会社に……たまにああして演奏するくらいです」

「そうか。それはもったいないな」

「ありがとうございます。貴方は……？」

男性はニヤリと楽しげに笑うと、ジャケットのポケットから何やら4つ折りになった紙を取り出しました。チラシ、でしょうか。
渡されたそれを開いてみれば、そこには「クリスマスコンサート」の文字。出演者の顔写真には、正しく男性の顔が。紅音也さん……。

「紅音也だ。今日はコンサートの帰りでな」

「やっぱり、プロだったんですね」

「お、バレてたか」

あの天才的なバイオリンの腕を持っていたのだから、察してはいました。プロか、そうでなくても音大の名門に通っているのではなかろうか、と。

「バイオリンが、今まで聴いたどのバイオリンの音色より素敵だったので……」

「それは嬉しいな。まぁ俺は天才だから、仕方ないが」

そのあまりの自信に、思わずくすりと笑ってしまいました。天才というのは、やはり普通の人とは違いますね。

「お嬢さんはこの後の予定は？」

「えーと、ありません」

じゃあ、と紅さんは私の手を掴みます。少しずつ冷えてきた手同士が、ぴったりと寄せ合いました。

「これからクリスマスデートでもしようじゃないか」

…楽しそうですね。