恋を彩る音楽達【特撮短編集】

門矢士×なんてね (ﾘｸ) ページ7

なんてね/citrus ft.雪歌ユフ

丁寧にケアしていた長く艶やかな黒髪も、士が「短いのもいいんじゃないか」と言ったから切った。
士と過ごす時間が1秒でも多くなって欲しかったからお気に入りのアパートから引越しもして同棲を始めた。
服の趣味も変わった。料理の趣味も変わった。

士の一言で、私は全てを変えられる。
死にたい気持ちで何かに掴まらないと落ちそうな感覚を、士だけが治してくれるから。

門矢士は、私の世界だ。

でも、なんで。なんでなんで。
なんで士の世界は私だけじゃないんだろう。私達2人だけいれば世界なんて要らない。
小野寺さんも、光さんも、海東さんも、他の士を知る人全てが死んじゃえばいいのに。私だけでいいでしょう？
よく士が行くスーパーの店員さんも、ファミレスの店員さんも、他にも士の世界に居るみんなも。許せない。

士と私だけの世界じゃない。
私の世界は士なのに、士の世界は私じゃない。
なんでだろう。どうしてだろう。どうすれば、私だけを見てくれるようになるんだろう。

いっそーー。

「なにしてるんだ」

マンションの5階。ベランダの柵代わりのコンクリートの壁に座る。高さは15mくらい。ここから少しでも後ろに倒れれば、私は死ぬ。

「死ぬの」

日頃から死にたいと言ったりメンタルが不安定だからだろう。士は驚くことも無く、ただ静かに素足のままベランダへやってきた。

「寒くないのか」

「ちょっと寒い」

「じゃあ中に入れ」

季節柄、パジャマだけでは夜風に太刀打ち出来ない。
でも、私達はどちらも動かなかった。
静かな冷たい風が吹いて、木々の葉が揺れる音が下で聞こえて。そしてようやく、私は口を開く。

「士の前で死んだら、私の事忘れられないでしょう？」

一生。と、私はゆっくり付け足す。
鮮明に焼き付いて、士は私のことを忘れられないまま生きていく。うん。なんて素敵な話。

「ここで死ぬのも止めないが、新しい旅の写真は見せられないぞ」

「……それはずるいなぁ」

私が1番楽しみにしていて1番幸せな時間がもう無くなるのは嫌で。私はぴょんとベランダに降りた。

「なんてね。全部冗談」

「冗談にしてはやりそうなんだお前は」

「えへへ」

そう。全部全部冗談。冗談。

冗談。

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