Case.163 ページ7
“ASACA”の件は無駄足だったけど、それ以上の収穫だったわ。
ポケットにしまった手紙を、服の上からそっと押さえて小さく微笑む。
行きましょうと促すバーボンの後に続き、その場を去ろうと足を踏み出した。
「あの、梓さん!」
鋭い声に、思わず足が止まる。
エンジェル…?
「何?」
どうかしたのかしら。
不思議に思って振り返ると、駆け寄ってきた彼女は声を潜めた。
「っていうか、貴方…梓さんじゃないですよね?」
「!」
息を詰めて、僅かに目を瞠る。
まさか、この子に見抜かれるなんて…!
「たぶん、前に私のこと、“エンジェル”って呼んでた、あの…!」
「――言ったはずよ、蘭ちゃん」
言葉を遮り、くるりと背を向ける。
「これ以上こちら側に踏み込んではダメ」
「貴方は私の――宝物だから」
そう、この世でたった二つの宝物。
どうして私がそう呼ぶのか、貴方達は知る由もないだろうけれど。
――それ、私のこと?
ふと、耳に蘇った声。
そうだと言ったら、あの子は心底不機嫌そうな顔で舌打ちをしていた。たぶん、寝てばかりいる自分の態度を揶揄されていると思ったんだろう。
そういえば、このタイミングで手紙を渡すことにしたということは、バーボンの周辺を少しは探ったってことよね。
「………」
もしかしてあの子、この近くにいるのかしら。
それなら。
薄く笑みをのせ、エンジェルを肩越しに振り返る。
「ねぇ蘭ちゃん。…もし貴方のそばにグレーアイの子猫が寄ってきたら、可愛がってあげてね」
「こ、子猫…?」
困惑する彼女を置いて、今度こそバーボンの後を追う。
こんな言い方をしたら、あの子…怒るかもしれないわね。
くすくすと笑うと、ポケットの中の手紙が、抗議するようにかさりと音を立てた。
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胡蝶(プロフ) - 名無しさんさん» コメントありがとうございます!とても励みになります…!しかも一気読みいただいたとのこと、とても嬉しいです!更新遅いですが、どうかお付き合いくださいませ。 (2022年12月5日 1時) (レス) id: 99e92a821f (このIDを非表示/違反報告)
名無しさん(プロフ) - 初めまして。内容の丁寧さに惹き込まれ、昨夜から一気読みしてしまいました。とても好きです。 (2022年12月4日 20時) (レス) id: d1e259953e (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:胡蝶 | 作成日時:2022年10月1日 1時