お腹すいた (ページ3)

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『リノヒョン』

移動車の中、前の席で携帯電話を眺めてる彼を呼ぶと
めんどくさそうに「んー」と返ってくる。

『お腹すいたってどういう意味？』
「ぺごぱ」
『いや、そうなんだけど』
「自分で調べなー」

今は構ってくれるタイミングではないらしい
いつもは嫌というほど構ってくるのに。

仕方なく言われた通りに調べてはみたが
結局どれも空腹に関することしか出てこなかった

正直スッキリしない
例えるなら喉に魚の骨が引っかかってるみたい
ぺごぱにかけてるわけじゃないけど。

踏み込んで聞いておくべきだったかもしれない

…いや、やっぱり
聞かなくて良かったと思う。
というよりは、聞いてはいけないような気がした。

調べるのをやめ、窓の外に視線を移す
ぼんやり見える景色の中昨日の事が頭に浮かんだ。

ワールドツアーならではの高揚なのか
昨晩はあまり眠気がやって来なくて外の空気を吸いに外へ出た。

滞在しているホテルから一番近くのコンビニに立ち寄り
気になってたお菓子やパンをこれでもかと買った後
なんとなく遠回りしながらホテルへと向かった

日中じゃ歩けないような、大きな川を跨ぐ橋に差し掛かると
エモーショナルな気分の引き出しが大きく口を開けた。

穏やかな川の音が聞こえる。空気も心なしか冷たい。
伸びをするように空へ両腕を放り出して空気を吸う
今日の月はいつも見ている月より白く輝いている気がする

いい夜だなぁ。

ふぅ、と一呼吸置き
視線を橋の先へ戻すとぼんやり人影が見える。

念のため、被っていたキャップを深く被り直して
変に意識せず通り過ぎてしまおう
その一心で歩調を変えず、横を通り過ぎようとした。

横目で顔を盗み見る。
その一瞬、大きく心臓が脈を打った。

今にも消えてしまいそうな、
どこかを見ているようで何も見ていないような
一言では表現できない面持ちの女性。

同時に「お腹すいちゃったな」なんて
表情とはあまりにもちぐはぐな言葉が聞こえて
思わず立ち止まってしまった。

普段なら気にならないのに
彼女から目が離せなかった。

『食べます、か？』

考えるより先に口走った日本語

先ほど自分が食べる用に買ったメロンパンを
差し出してしまっている。

こんなこと、だめなのに。

もし、彼女が僕のことを知っていたら。
もし、不審者だと通報されたら。

もしもの事が頭によぎったのは良かったが
メロンパンを差し出す前だったらどれほど良かった事か。