spring moon

#10 ＊ ページ10

spring moon #10 ＊

時間がある時は極力お店に足を運んでくれる彼
女が、今日も友達と夕食を済ませた後だという
にも関わらず立ち寄ってラテを頼んでくれた。

別れ際に待ってる、なんて言ったのは余りにも
積極的過ぎたのではないかと後々後悔していた
りしたけれど。

今こうして閉店間近まで彼女と居られるという
事が堪らなく幸せで胸は音を立てて喜んでいる
様だった。

呼び方と話し方を変えて欲しいとお願いすると
照れ臭そうにしながらも承諾してくれた。

慣れない様に呼ぶ" ダニエルくん "呼びに一人興
奮しているだなんて。

ジェファンに知られてしまったら何と言われる
か大体予想がついてしまう。

「ヌナって、呼んだら...怒る？」

隣に座る彼女の綺麗な横顔を見つめながらそう
言えば、ちょっぴり恥ずかしそうに微笑む彼女
がゆっくりと首を横に振った。

「怒らないけど、呼ばれた事ないから何だかく
すぐったいよ」

さっきより幾分自然になってきた彼女の話し方
に安心しては、可愛いなんて吐息を洩らす。

彼女はどんな風に俺を見ていてくれているのだ
ろうと考えてしまう。

けれど、今こうして話せている事や名前を知れ
ていると言う事だけで何だか充分満たされてい
る気がしてしまうのだ。

「俺はヌナって呼ぶのに憧れがあったから」

「さっきまで私達敬語で話してたのに...」

そう言いながらも何処か嬉しそうにふわふわと
優しい笑みを向けてくれる為、こちらまで口元
が緩んでくる。

知っていたのが随分前からだったとしても、こ
うして距離を縮める事が出来たのはこの数日間
だったと言える。

そう考えると幾分自分の行動力と押しの強さに
自ら関心してしまう始末だ。

幸せそうに彼女がラテを飲み終えた所を確認し
終えると同時に席を立つ。

こうしているうちに随分時間が過ぎてしまって
いた様だ。

「そろそろ閉めないと...良かったら、少しだけ
待ってて欲しいんだけど...」

どうしても彼女を一人で帰すなんて事が出来な
くて、俺は咄嗟にそんな事を言った。

断られてしまうだろうかと不安に思いながらも
彼女の返事を待ってみる。

「うん、待ってるよ」

ふにゃふにゃと微笑みながら言った彼女の言葉
を合図にする様にして、俺は慌ててバックヤー
ドに向かって歩みを進めた。

何時もなら気怠い後片付けでさえ、彼女を待た
せていると思うと幾分やる気が芽生えて来た。

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