spring moon

#26 ＊ ページ26

spring moon #26 ＊

数歩前を歩きながら、恥ずかしさの余りどうに
かなってしまいそうで堪らず目線を下に向けた。

彼女より一歩前を歩いて居ると言うのに必死に
だらしない顔を隠そうとしている理由は、自分
にも良く分からなかった。

繋いだ手から伝わる優しい温もりや、彼女の小
さくて華奢な手を握り直す度に守ってあげたい
なんて気持ちが沸々と芽生えるのだ。

彼女が歩き難くない様に、幾分足を覚束せなが
らも歩幅を合わせる為に頑張ってみる。

ちらりと振り返って彼女を確認してみれば、彼
女もまた恥ずかしそうに頬を赤く染めながら俯
いている。

そんな姿にさえ愛しさを覚えては、彼女と自分
が今日から恋人同士なのだという事実にイマイ
チ実感が湧いていなかった。

優しく降って、降らされたキスの感触は未だに
唇から消えてくれそうにない。

「私たち、カフェ以外でも会えるかな...」

遠慮気味に言われた彼女の言葉に思わず足を止
めてしまった。

このまま事あるごとに足を止めていたら、何時
まで経っても家に着けない。

けれど、今はどうにか彼女と少しでも長く居ら
れる様に時間稼ぎをしなくてはならないのだ。

「会えるよ、会いたい気持ちに理由なんてない
でしょ？」

「うん」

「それと同じ、カフェでしか会っちゃいけない
理由なんて無いんだから...」

彼女に似合う男になる為には何をしなくてはい
けないのか、どういう男にならなくてはいけな
いのかと沢山考えては頭を悩ませて居た。

だと言うのにいざこうして彼女の横に並んでみ
れば、そんな事を気にしなくてもいいのだとす
ら思わせてくれる。

有りの侭で居る俺自身を彼女は好きだと言って
くれたのだから。

なんて、呟いたばかりの依然キザな言葉に身体
中が熱くなっているのが分かる。

「会いたい時は会いたいって言うね」

「直ぐ会いに行ってあげる」

「ふふ、格好良い」

彼女の冷たくて柔らかい頬へと手を伸ばし、ま
るで割れ物でも扱っているかの様な加減で触れ
てみる。

くすぐったいと言わんばかりに目を細めて微笑
む彼女に笑みを浮かべながら。

この有り余る様な幸せはついさっき始まったば
かりなのだと吐息が洩れる。

彼女が会いたいと感じる前に、きっと俺の方が
幾分も先に会いたくて仕方なくなるのは目に見
えてしまっているから。

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