spring moon

#30 ＊ ページ30

spring moon #30 ＊

「ダニエル、早く起きないと遅刻する」

「んー...直ぐ行く」

部屋の前を通り過ぎたついでに、部屋の中へと
顔だけを覗かせたジェファンはそれだけを言う
と俺の返事も聞かないまま一階へと繋がる階段
を降りて行ってしまう。

ふわりと欠伸を洩らしながらベッド下へと落ち
てしまっていた桃モチーフのぬいぐるみを引き
寄せて小脇に抱え直す。

枕元に投げ出されたスマホに手を伸ばして画面
を確認して見るけれど、生憎詰めの甘い俺は彼
女の連絡先を聞くことすらしていないままだ。

その為、連絡など来ていなければ昨日の出来事
でさえ全て夢だったのではないかとすら思えて
しまうのだから仕方がない。

帰り際、マンションのベランダから顔を覗かせ
て一生懸命こちらに手を振る彼女を思い出すだ
けで堪らなく愛しさが込み上げてくる。

と、時計を確認すればもう既に起きなければな
らない時間を等に過ぎてしまっていた。

そろそろベッドから出なければ遅刻してしまう
と溜息を吐いては、身体を蝕む寒さに抵抗する
様にして掛けて置いたブランケットを羽織りな
がらベッドを後にした。

部屋を出て直ぐにある階段を降りていけば、直
ぐ下に見えるリビングでは既にジェファンが朝
食である食パンを口に運んでいた。

「焦げたけど食えない事も無いから...大丈夫」

曖昧に言われた言葉に苦笑しながらもジェファ
ンの向かいに腰を下ろして、用意された茶色の
食パンを半ば投げやりに口へと運んだ。

「今日は帰り遅いから、夜は要らないよ」

「OK...ヌナに来て貰える様に頑張んな？」

ジェファンの嬉しそうな顔に思わず、パンを片
手に動きを止めて見せる。

相変わらず何処から目線なのだと思ったが、も
う俺達は態々理由を付けてカフェで会わなくて
も良いのだから。

「態々カフェに来てもらわなくても良くなった
から、大丈夫だよ」

「なんで、愛想尽かれた？」

「ううん...ジェファンも頑張って！」

ちょっぴり言葉を濁してみながら、そんな事を
言えば案の定何があったのだと言及してくるジ
ェファンがこれまた面白い。

学校が終われば彼女に会えるのだと思うと胸が
高鳴って仕方ないのは、あの日から変わらない。

けれど唯一大きく変わった様に見えるのは、俺
達の関係性だろうか。

食べ掛けていた食パンを大きな口で食べ終えて
彼女を想いながら、身支度に取り掛かるのだ。

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